第41話 逃亡

「どうなってるんだ……?」


 どうしてダンジョンに入ることが出来ず、反対側へと突き抜けてしまったのか。

 理由の分からない俺は、もう一度、今度は逆側から渦へと飛び込んでみた。

 ほんの一瞬、ふわりとした浮遊感があった。

 だがすぐにそれは失われ、またしても洞窟の地面に放り出されてしまう。

 さながら、ダンジョンに拒絶されているかのようだ。


「まさか、入場制限か?」


 ――ダンジョンに入れる人数には実は制限がある。

 何かの本でそんなことを読んだ記憶があった。

 大昔、どこかの大国が軍隊をどんどん送り込んでダンジョンを攻略しようとしたが途中から中に入れなくなったとか。

 でも、現在のダンジョンで人数制限に引っかかったなんて話は聞いたことがない。

 世界中から集まった冒険者たちが、続々と潜っているにもかかわらずだ。

 確かに村人全員とゴーレムたちをダンジョンに押し込めたが、その数は百人程度。

 そのぐらいで引っかかるようでは、迷宮都市など機能しないだろう。


「ダンジョンの規模によって、入れる人数が違う……?」


 そんな仮説が脳裏をよぎった。

 このダンジョンは他のどのダンジョンよりも小さいので、あり得る話である。

 参ったな、こんなところでダンジョンの変な性質が明らかになるなんて!

 

「おーーい!! ゴーレムを外に出してくれ! 入れない!」


 急いで大声で呼びかけるが、返事はない。

 ダンジョン内部は異空間となっているため、音が届かないようだ。

 参ったな、誰か様子を見に来てくれればいいんだけど……!

 俺がいないことに気付けば、ムムルさんあたりがひょっこり顔を出してくれるかもしれない。

 俺はその場でしばらく待つことにするが、すぐにそうも言っていられなくなる。


「……クッソ、もう来たか!!」


 クロウラーの群れが、とうとうここまで押し寄せてきた。

 参ったな、ここじゃ逃げ場がないぞ!!

 とっさに周囲を見渡すと、天井に向かって伸びる鍾乳石が見えた。

 こうなったらもう、あれに頼るしかないな!

 鍾乳石にしがみつくと、木登りの要領でどうにか登っていく。


「わっ!?」


 地下水が染み出しているのだろう。

 濡れた鍾乳石は思いのほか滑りやすく、手が離れてしまった。


「あ、危なかった……!!」


 とっさに足に力を込めて、上半身が宙ぶらりんになりながらも体重を支える。

 こうして逆さまになった状態で下を見れば、既にクロウラーたちが辺りを埋め尽くしていた。

 あの中に落ちたら、とてもじゃないが命はないぞ!!

 俺がそう思っていると、クロウラーの一部がどうにか鍾乳石を這い上がろうとし始める。


「来るな! そらっ!! おりゃっ!!」


 短剣を抜き、迫ってくるクロウラーを懸命に追い返す。

 不幸中の幸いというべきか、つるつるの鍾乳石はクロウラーにとっても登りにくいらしい。

 一体ずつゆっくりと接近してくるため、どうにか対処することが出来た。

 これならば、俺の体力が持つ限りは耐えられるかもしれない。


「こうなりゃ根競べだ、増殖型がお前らを喰いつくすまで耐え抜いてやる……!」


 覚悟を決めた俺は、上半身をどうにか起こすと改めて鍾乳石にしがみついた。

 そして登ってくるクロウラーたちの頭を突き刺しては追い返す。

 ザシュ、ザシュ、ザシュ……!!

 ある種の作業のように、ひたすらクロウラーたちを倒していく。

 そうして耐えること十数分。

 クロウラーの死体が山となったところで、連中の動きが変わり始める。


「なっ!!」


 クロウラーたちが折り重なり、大きな山を形成し始めた。

 互いを足場にして、俺がいる高さまでたどり着こうという発想らしい。

 虫の癖に、なかなか知恵が回るな……!!

 積み上がったクロウラーたちを崩そうとするが、なかなか崩れない。

 そして――。


「うわあああ!!」


 積み上がったクロウラーの山が、俺のいる方に向かって崩れた。

 懸命に剣を振るうが、たちまち無数のクロウラーに覆われる。

 ――息ができない!!

 押し寄せてくるクロウラーの重みで、肺が潰された。

 このままだと……死ぬ!

 嫌な直感が脳裏をよぎり、背筋が冷えた。

 だが次の瞬間、とんでもない轟音が洞窟に響く。


「……マキナ?」


 天井に穴が開き、光が降り注いだ。

 それと同時にバサバサとスカートをはためかせながら影が落ちてくる。

 マキナだ。

 クロウラーの群れの真っただ中に落下した彼女は、そのまま強烈な回し蹴りを繰り出す。

 ――ドオオオォンッ!!

 派手な音とともにクロウラーたちが吹き飛ばされ、黒い地面に穴が開いた。

 さながら、そこだけ禿げ上がってしまったかのようである。

 彼女はそのまま俺の姿を発見すると、周囲のクロウラーを薙ぎ払いながら接近してくる。


「助かった!! ダンジョンに入れなかったんだよ!」

「急いでこちらに向かって正解でした。このまましっかり捕まってください」


 マキナは俺の身体を抱きかかえると、そのまま鍾乳石を蹴って飛び上がった。

 そして周囲の壁を蹴りながら空中を移動し、天井の穴から外へと飛び出す。


「……いっ!?」


 外に出ると、すでにそこはクロウラーに覆いつくされていた。

 お山の山頂付近だけが、黒い海に浮かぶ小さな島のようになっている。

 想像を絶するほどの数だとは思っていたが、まさかこれほどとは。

 周囲の異様な光景に、俺は言葉を失いただただ息を飲んだ。

 だがここで、マキナがすっとイスヴァールの街のある方向を指差す。


「大丈夫です。もうすぐ来ます」


 マキナがそう宣言した直後だった。

 イスヴァールの街の方向から、銀色の光沢がある何かが接近してくる。

 それらの数はクロウラーと比べるとあまりに少なく、頼りなく見えた。

 だが――。


「喰った?」


 銀色の塊は薄く大きく広がり、黒い大海を喰らい始めるのだった。

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