第42話 喰らう者
「あれは……!!」
周囲を埋め尽くすクロウラーの大群。
さながら、黒い海とでもいうべき惨状であった。
それをイスヴァールの方角からやってきた銀色の何かが塗り替えていっていく。
押し寄せる黒い津波を銀色の壁が押し返しているようだ。
しかも、銀色の何かはみるみるうちに数を増していきクロウラーの群れを喰らい始める。
「増殖型です。想定した以上にうまく働いていますね」
「……すごいな」
やがて数を増やした増殖型は、スライムのように広がりながら貪欲にクロウラーの群れを喰らい始めた。
銀色の触手が次々と伸びていく様子は、魔界から未知の侵略者でも現れたようだ。
――これ、大丈夫だよな?
マキナが設計開発したものなので、基本的には俺たちの味方。
安全性だって確保されているもののはずだが、その暴れっぷりは見ていて少し不安になる。
「大丈夫、だよな?」
「無論です」
ここで、増殖型に追い込まれたクロウラーの群れが暴れはじめた。
奴らは逃げ場を求めて、最後に残された空白地であるお山の頂上を目指し始める。
それはさながら、潮が満ちるかのよう。
おいおいおい、とんでもないことになったぞ……!!
「……計算不足でした」
「マキナ、どうする?」
「私一人ならばどうとでもなりますが、マスターをお守りできるかどうか」
「万事休すか……?」
いよいよ追い詰められてしまった。
そう思ったところで、マキナがふと天を見上げて言う。
「何かがこちらに接近してきます」
「何かって、まさかまたモンスターか?」
「いえ、乗り物のようです。上に人が乗っているのが見えます」
手で庇を作りながら、目を凝らすマキナ。
そうしていると、微かにだが声が聞こえてくる。
「おーーい!! ヴィクトル様、おーーい!!」
「この声は……アリシアさん!?」
理由はまったくわからないが、空飛ぶ謎の乗り物にはアリシアさんが乗り込んでいるようだった。
よく目を凝らせば、その隣にミーシャさんの姿も見える。
「マスター、失礼します」
「え、ちょっと何を……?」
いきなり、俺の身体を抱きかかえたマキナ。
彼女はそのままアリシアさんたちのいる方角をまっすぐに見据えると、思いっきり足を踏み込んで――。
「ぬっ!!!!」
「うわっ!!」
俺の身体を思いっきり投げた。
――うっそだろ、落ちる落ちる落ちる!!
異様な浮遊感に俺が悲鳴を上げそうになったのもつかの間。
見事な放物線を描いた俺は、そのままアリシアさんたちが乗っている謎の乗り物へと着地する。
「のわっ!? 大丈夫ですか!?」
「な、なんとか……」
俺がそう言ったところで、眼下にあったお山の頂上が呑み込まれた。
まさしく、間一髪と言ったところである。
それにやや遅れて、今度は数を増した増殖型がクロウラーたちを呑み込んでいく。
その規模感はもはや、ある種の自然現象のようだ。
「……食いつくしたのか?」
気が付けば、あれほどの数がいたクロウラーがいなくなっていた。
代わりに、クロウラーと同等かそれ以上の数に膨れ上がった増殖型が森を埋めてひしめいている。
蠢く黒い海の代わりに、静かな銀色の大地が広がっていた。
危機は去ったが、これはこれで後処理が大変そうだな。
「って、それよりマキナは大丈夫か?」
慌てて周囲を見渡すと、積み重なっていた増殖型の一角が崩れた。
そしてその下から、マキナがゆっくりと這い出して来る。
流石はレベル五百オーバー、そう簡単にはやられないようだ。
彼女はそのままお山の頂上付近へと移動すると、パンッと大きく手を叩く。
「戻りなさい」
マキナの声が響いた途端、銀色の大地から光の粒が現れた。
それはさながら、何もない無の荒野に光の華が咲いたかのようだ。
その圧倒的な美しさに、その場にいた全員が息を飲む。
まるでどこか別の世界へと迷い込んだかのようだ。
「すっご……マジ綺麗だし……」
「あの光は……魔石か……?」
「こんなのが見られるなんて……!」
しばしの間、空の上から美しい景色を存分に楽しむ俺たち。
そうしていると、銀色の大地が端から順番に崩れ始めた。
どうやら増殖型のボディが崩れ、土へと還っているようだ。
「流石はマキナ。ちゃんと後始末も考えて作ってたんだな」
「あとは、土さえどかせば元通りでしょう」
そう言うと、アリシアさんは岩山の麓へと視線を向けた。
そこには、土に埋もれてしまっているがはっきりと村の建物などが見て取れる。
完全に潰されてしまったのではないかと思っていたが、そうではなかったらしい。
あれなら、みんなで土をどかせば復旧できそうだ。
森の木々も土を被ってしまっているが、いずれも健在だ。
「どうやら、完璧な形で乗り切れたようですね」
「ほんと、一時はどうなることかと思ったよ……!」
安心したせいか、疲れがどっと溢れてきた。
……ほんとに、今までよく生きてたもんだよ。
これまでのことを思い返すと、背筋が寒くなってくる。
するとここで――。
「んん? 何だこの音は?」
「警告音でしょうか?」
急にどこからか、ピーピーと変な音が聞こえ始めた。
それと同時に、俺たちが乗っていた船がにわかに揺れる。
「やばっ! 魔力が残り少ないし!」
「急いで着陸するんだ!!」
慌てて、お山の斜面へと船を軟着陸させようとするアリシアさん。
こうして俺たちは、クロウラーの群れをどうにか撃退することに成功するのだった――。
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