第4話 新型の力

「レッドドラゴンがこんな場所に……!?」


 ワイバーンよりも一回り巨大な姿を見て、たちまち冒険者さんたちは凍り付いた。

 ――レッドドラゴン。

 その名の通り、赤黒い鱗を特徴とするもっともポピュラーな竜種である。

 ドラゴンとしては下位に分類されるが、その力はワイバーンなどの亜竜種とは隔絶していて小さな町なら一体で潰してしまうほど。

 伯爵領でもたまに目撃されていたが、そのたびに伯爵家直属の騎士団が総出で動いていた。


「フェイルノート!! 最大威力だ!」


 即座にフェイルノートに命じ、バリスタを撃たせる。

 ――ビイイィンッ!!

 限界まで引き絞られた弦が、今にも千切れそうな音を立てて力を解放した。

 巨大な加速を得た矢がたちまち風を斬り、ドラゴンの身体を貫かんとする。

 だがしかし――。


「シャアッ!!」

「さ、刺さらない!」


 コンッと硬質な音が響くと同時に、矢が弾き返された。

 ウッソだろ、傷一つつかないのか!

 あまりのことに驚いていると、アリシアさんが剣を手に叫ぶ。


「すぐにお逃げください! 我々が時間を稼ぎます!」

「でも、そんなことしたら……!」


 いくらアリシアさんたちが一流の冒険者とはいえ、相手はドラゴンだ。

 はっきり言って、全滅は免れないだろう。

 俺の護衛が彼女たちの仕事とはいえ、こんなことを任せてしまってもいいのか?

 突然のことに戸惑う俺に、さらにアリシアさんが続けて言う。


「早く! あなたのゴーレム作りの才能は、間違いなく世界の役に立つ! ここで死んではいけない!」

「アリシアさん……!!」


 グズグズするなとばかりに、アリシアさんは大きく手を振った。

 そうか、この人は俺の才能を認めてくれたんだ。

 そしてそのために自らの命まで顧みずに戦おうとしてくれているんだ。

 その事実に、俺は絶望的な状況だというのに言葉にできないほどの感動を覚えた。

 俺のゴーレムをここまで認めてくれる人は、今までいなかったのだ。

 ならば、その期待に応えようではないか……!


「ほんの少しだけ待ってて! 新型を起動させてみる!」

「……長くは持ちません!」

「はい!」


 俺はすぐさま、小屋の前に置いたメイドゴーレムのマキナの元へ移動した。

 その身体を起こすと、急いで胸元の窪みに魔石を入れる。

 ――バチッ!

 微かな閃光とともに、ゆっくりと眼が開かれていく。

 やがて彼女の全身が震え、微かに虫の羽音のような駆動音が聞こえる。


「……おはようございます、マスター。メイドゴーレムのマキナでございます」

「さっそくで悪いんだけどあれを倒してくれ!」

「あちらのレッドドラゴンですね? 承知いたしました」


 ゴーレムらしい、冷静沈着な態度で頷くマキナ。

 こうしている間にも、アリシアさんたちとレッドドラゴンの戦いは続いている。

 その姿をまっすぐに見据えると、マキナは音もなく走り出す。


「なんだ!? 女!?」

「おいおい、これが新型ゴーレムなのか!?」

「ちょっと、冗談でしょ!」


 戦線に乱入したマキナの姿を見て、アリシアさんたちは少なからず動揺した。

 しかしそんなことお構いなしとばかりに、マキナは地面を蹴って空に舞い上がる。


「ギシャアッ!!」


 ドラゴンよりも高く飛び上がったマキナは、その頭に強烈な蹴りを入れた。

 たちまちドラゴンは悲鳴を上げ、憤怒に満ちた目でマキナを睨む。


「いかんっ! ブレスだ!」


 アリシアさんがそう叫ぶと同時に、ドラゴンの口から炎が飛び出した。

 鉄をも溶かす魔力の炎である。

 だが、そんなものでやられるほどマキナはヤワではない。

 彼女の身体には最上級のミスリルを使用し、さらに五重の強化魔法が刻んである。


「ギャアアアアアアアッ!!」


 炎を貫き、今度はドラゴンの腹に強烈な鉄拳を食らわせるマキナ。

 ドラゴンは口から泡を吹き、そのままよろよろと地面に落ちていく。

 そこへさらに――。


「終了です」


 上空から加速度を付けて一気に落下するマキナ。

 そのさまは、さながら隕石のよう。

 強烈な蹴りがドラゴンの腹に突き刺さり、巨体が折れ曲がる。


「排除完了しました、マスター」


 ドラゴンが動かないことを確認したところで、マキナは俺の元に戻ってきた。

 そして破れてしまったメイド服を示すと、申し訳なさそうに頭を下げる。


「服を破損してしまいました、申し訳ございません」

「いいんだよ、それより本当に助かった」

「マスターのお役に立てて、メイドとして大変嬉しく思います」


 優雅にお辞儀をするマキナ。

 そうしていると、アリシアさんたちが心底呆れたような顔でこちらを見て言う。


「……そのゴーレムはいったい?」

「さっき言ったでしょ? 新型のメイドゴーレムだよ」

「いやいやいや! 何ですかその異常な性能は! だいたい、メイドゴーレムがどうしてドラゴンを倒せるんです!?」

「そりゃ、メイドさんだからね。ドラゴンぐらい倒せないと」


 メイドさんは主人を守るために強くなくてはいけないからね。

 万難を排することが出来る圧倒的な能力が必要だ。

 その意味では、マキナもまだまだ能力が足りていない。

 レッドドラゴンはドラゴンの中では下位、大樹海に入ればもっと強い存在はまだまだたくさんいる。


「どこの世界に、そこまで強いメイドがいるんですか……」

「居ないからゴーレムとして作ったんだよ」

「そういうことではなくて! そもそも、メイドにそこまでの能力を求めること自体がおかしいんです!!」


 声を大にして叫ぶアリシアさん。

 まったく、これだからロマンという物を理解しない人は……。


「おかしくない! 強いメイドさんは人類の夢なんだ!」

「そんなわけあるか!!」


 響き渡る皆のツッコミ。

 とにかく、こうしてその日の夜は更けていくのだった。



 

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