第14話 戦の準備

※内容の修正、および削除を行いました。

この後の話の展開には直接影響しないため、既にお読みになられた方は読み直す必要はありません。


――――――――――――


 俺たちの拠点から北へまっすぐ半日ほど。

 高さ二百メートルほどの小高い岩山の麓に、コボルトたちの村はあった。

 亜人の集落ということで、訪れるまではゴブリンの集落のような掘立小屋の集まりかと思っていたのだが……。

 実際には、コボルトたちの大きさに合わせて小ぶりだが、人間の村とほとんど変わりない立派な家が並んでいた。


「では、ゴブリンロードが来るのはおよそ一週間後なんですね?」

「はい。次の新月の晩と言っておりましたから。もし小鬼王の軍門に下って奴隷となるならば、それまでに村の全財産を集めておけと」


 村の奥にあるひと際大きな家。

 そこで俺たちは村長のムムルさんから、より詳しい事情を聴いていた。

 彼の話によれば、村を守護していた大蛇様がおかしくなってしまったのがおよそ三か月前。

 その後、村の戦士たちでどうにか大蛇様に正気に戻ってもらおうと戦いを挑み、さらなる損害を出してしまったのが二か月目。

 こうしてできた戦力的な空白をついて、ゴブリンロードが村に最後通牒を突き付けてきたのがちょうど一か月前のことなのだという。


「猶予は一週間か。敵の戦力はどのぐらいなんです?」

「そうですな……。ゴブリンロードと側近の上位種が数体。さらに一般兵のゴブリンエリートが三百といったところでしょうか」

「思った以上ですね……。完全に軍隊だ」

「エリート種が雑兵扱いとは、なかなかだな……」


 予想を大きく超える戦力に、アリシアさんたちが渋い顔をした。

 俺も少しばかり顔をしかめる。

 普通、ゴブリンの群れと言ったらせいぜい二十か三十だ。

 三百と言ったら、いくらゴブリンでも騎士団が出てくるぞ。

 ましてロードと上位種がいるとなれば、こんな村などひとたまりもあるまい。


「期限の引き延ばしは可能?」

「無理でしょう。ゴブリンに待つという概念はありませんから」

「なるほど。なら、一週間で可能な限り戦力を作るしかないね」

「戦力を……作る?」


 俺の言い回しに、村長さんは少し引っ掛かりを覚えたようだった。

 ああ、普通はどこかから連れてきたり育てたりするものだもんね。

 でも俺の場合、作るという表現で何も間違いはない。


「この村に魔石と鉱石が保存されていると聞いています。今回の戦いには必ず必要なのですが、どこにありますか?」

「それでしたら、お山の近くの倉庫にあります。案内して差し上げましょう」


 床から立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。

 俺たちもその後に続いていくと、やがて村はずれに大きな建物が見えてくる。

 石積みで出来たそれは、村の建物の中でも異質なほど頑丈そうな造りだった。

 

「……こりゃ、結構溜め込んでるじゃん」

「外から見ただけで分かるの?」

「魔石の魔力がちょっと漏れてるからね」


 へえ、流石はミーシャさん。

 近づいただけでそんなことまで分かるのか。

 俺が少し感心していると、やがて大きな扉の前で村長さんが立ち止まる。

 扉は金属で出来ていて、少し錆が浮いていた。


「……この中に保管されているのは、我が村の大切な財産です。戦いのために使うことは構いませんが、どうか大切になさってください」

「もちろん。絶対に無駄にはしませんよ」

「では……」


 村長が扉をゆっくりと押した。

 扉が重々しく開いていき、倉庫の中身が見える。

 おおぉ……こりゃ思った以上だな……!!

 村長が事前に注意しただけのことはある!


「驚いた、魔石の山じゃねえか!」

「見てください、こっちにはミスリルがありますよ!」

「やっば! これ紫水晶じゃん! 貴重品だよ!」


 これだけの資源があれば、相当な数のゴーレムや武器が作れるぞ。

 特に魔石の数は、数百にも及ぼうかというほどの多さだった。

 恐らくは、モンスターを狩るたびに取り出して保管していたのだろう。


「すごい……! これだけあれば、必ず勝てますよ!!」

「本当ですか?」

「ええ! ゴブリンロードの撃退はお任せください!」


 俺は大きく胸を張った。

 するとたちまち、ムムルさんを始めとするコボルトたちは一斉に頭を下げる。


「偉大なる神よ……! あなたは我らを見捨ててはいなかったのですね……! なにとぞ、なにとぞよろしくお願いいたします……!!」

「ああいや、そこまで言われるとちょっと照れちゃいますって」

「いえいえ、お助けいただくのですからこのぐらいは当然です」


 額を地面にこすり付ける村長さん。

 他のコボルトたちも同様に、俺たちに対して深々とひれ伏していた。

 ……何だか、王様になったみたいな気分だなぁ。

 伯爵クラスの上位貴族でも、今時はここまでやらないからね。

 それだけ、コボルト族の皆が救いを求めているということの表れだろう。

 しかし、ここまでされると流石に落ち着かないな。


「頭を上げてください。あなた方を助けるのは事実ですけど、それは俺たちのためでもありますし。それに、コボルトさんたちにお願いしたいこともありますしね」

「そう申されますと?」

「俺たちの拠点で、一緒にゴーレムを作る手伝いをして欲しいんです。十人ぐらい、手先が器用な人を見繕ってくれませんか?」

「承知しました。では、すぐに見繕いましょう」

「僕も行かせてください! 役に立ちたいです!」


 ここで、ロプルが力強く手を挙げた。

 村長もすぐに承諾するように頷く。


「良かろう、しかし迷惑をかけるんじゃないぞ」

「はい!」

「じゃあ、さっそく倉庫の中の資源を運ぶのを手伝ってもらおうか」


 こうして俺たちはコボルト村の資源と人員を借り受け、戦力を拡充すべくいったん拠点へと戻るのだった。


――〇●〇――


「これが……ゴーレム工房ですか?」

「そうだよ」


 その日の夜。

 大急ぎで村に帰ってきた俺は、連れてきたロプルたちに工房を案内していた。

 今日から数日間、彼らにはここでゴーレム製作の作業をしてもらうことになる。

 もちろん倒れない程度に加減するが、緊急事態なので過酷な労働になるだろう。

 彼らもそのことを理解しているのか、皆、厳しい表情をしていた。


「ここで君たちには、ひたすらゴーレムの部品を作ってもらう」

「ゴーレムって言うと、村で動いているあれらのことですか?」

「ああ、そうだ。もっとも、これから作ってもらうのは村にはまだない種類のゴーレムだけどね」


 そう言うと、俺は工房の端で丸められていた紙を手にした。

 そしてそれをパッと広げると、集まったロプルたちに見せてやる。

 そこには、甲冑のような姿をしたゴーレムの設計図が描かれていた。


「おぉ……強そうですね……!」

「こいつは近接戦闘用ゴーレムのランスロット型だ。これを一週間以内に百体生産してもらう」

「ひゃ、百体!?」


 たちまち、ロプルたちは悲鳴じみた声を上げた。

 彼らはブンブンと頭を横に振ると、焦った様子で言う。


「こんなに複雑なゴーレム、そんなにたくさん作れませんよ!」

「無理です、無理無理無理! 百体どころか、十体でも難しいです!」


 彼らは総勢十名。

 もともと工房にいたヘルメス型を加えると、十五人もいる。

 それで一週間で百体作れないとは、逆にどういうことなのだろうか?

 そりゃ大変だろうけど、決して無理な物量じゃないぞ。


「いや、できるはずだぞ。むしろ、どういう手順で作る想定なんだ?」

「そりゃあ、みんなで木を加工して組み立てて……」

「んん? 全員で加工してから組み立てするのか?」


 そう言うと、ロプルたちは何を当たり前のことを言っているんだという顔をした。

 なるほど、それだと確かに時間がかかって仕方ないはずだ。


「そういうことか。うちでは大量に物を作る場合、流れ作業でやるんだ」

「流れ作業?」

「みんなで工程別に役割を分担して作業をするんだよ」


 全員が目の前に置かれたテーブルを見たところで、天板の裏のスイッチを押した。

 たちまちテーブルの天板に撒かれたベルトが動き始める。


「この上にそれぞれが加工を終えた部品を置いて、次の人に回す。この繰り返しでやっていけば、一週間で百体は生産できるはずだよ」

「おおおぉ……! なんて効率的な……!」

「こんな方法があるのは初めて知りました! す、すごい……!」


 感心しきりといった様子のロプルたち。

 文化的に進んでいる種族とは思っていたけど、人間にはおよばなかったようだ。

 とはいえ、まあ俺も俺以外の工房で流れ作業してるところは見たことないけど。

 こんなに簡単で便利なんだから、きっとみんなやってるだろう。


「私も二十四時間体制でお手伝いをいたしますので、頑張りましょう」


 そう言うと、にっこりと微笑みを浮かべるマキナ。

 彼女はさっそく、コーヒーカップを皆に配って注ぎ始めた。

 こうして俺たちの戦いが、本格的に始まるのだった。

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