第13話 大樹海の現状

「じゃあ、ここから少し北へ行ったところに君たちの村があるんだ」


 ポポルとロプルを村に迎え入れて、小一時間。

 二人を食堂に案内した俺たちは、茶を飲みながら事情を聴いていた。

 彼らによれば、俺たちの村から北へ歩いて半日ほどの距離にポポルたちの住む村があるらしい。


「思った以上に近いですね」

「ご近所さんじゃん」

「むしろ、いままでよく会わなかったな」


 思った以上に近い場所に別に村があって、驚くアリシアさんたち。

 ガンズさんの言う通り、今まで会わなかったのが逆に不思議な距離感である。

 コボルトたちはよほど行動範囲が狭かったりするのだろうか?

 でも、この森で暮らしているなら狩りとか採集とかいろいろしてそうだけどな。


「それで、あなたたちはどうしてここまで来たんですか? 子どもが二人だけとはなかなか妙ですが」

「僕たちは子どもじゃないです、ちゃんと成人しています!」

「これは失礼いたしました」


 驚いたような顔をしつつも、マキナはすぐさま頭を下げた。

 俺も二人のことは子どもだと思っていたので、けっこう意外である。

 コボルト族というのは、成長しても体格的にはあまり大きくならないらしい。

 顔もそこまで変化しないようだ、犬顔だから分かりにくいというのもあるけど。


「僕たち兄弟は、他の集落に助けを求める使者だったんです。ですがその途中で、キングスパイダーに遭遇して……食料をほとんど落としてしまい……」

「焼肉の匂いに我慢できなくなって、食糧庫に泥棒に入ったってわけだね?」

「はい、恥ずかしながら」


 身を小さくしながら言うポポル。

 気まずそうな顔をする彼らに、俺はすぐさま笑いながら手を振る。


「気にしないで。そのことはもう許したから」

「ありがとうございます」

「しかし、助けを求める使者ってことは村に何かあったってことか?」

「……はい。いま僕たちの集落は小鬼王の配下に狙われていまして」

「小鬼王?」


 知らない単語に、俺はすぐさま聞き返した。

 するとポポルたちは、目を見開いて驚いた顔をする。


「知らないのですか? 六王の一角ですよ?」

「その、六王ってのも聞いたことなくて」

「そんな、この森に生きてる者なら誰でも知ってるはずですよ!」


 そう言われても、あいにく俺たちは新参者。

 この森の常識と言われても、何もわかるはずがない。


「それが知らないんだ。ここの開拓に来たばかりでさ。詳しく教えてくれないか?」

「……なるほど。この森には今たくさんの種族が住んでいるのですが、そのうち有力なものは六つ。ゴブリン族、オーク族、エルフ族、リザード族、死霊族、魔人族です。そして、これらの種族を束ねる王を六王と言うのです」

「そんなにたくさんの勢力があったのか、この森には」

「我々も初めて聞きましたね」


 大樹海が危険な場所であることは重々承知していたが、そんな戦国時代みたいな状態になっていたのか。

 俺たち五人はたまらず顔をしかめた。

 森を開拓するうえで亜人族からの襲撃は避けられないと思っていたが、想定よりもかなり襲撃の規模が大きくなりそうだ。

 仮にも王と名乗る連中なのだ、率いる軍勢の規模は相当なものだろう。


「六王たちはこれまで激しく小競り合いをしてきました。ですが、僕たちの住む村は大蛇様の縄張りだったので攻められなかったんです。でも最近になって、大蛇様が正気を失ってお山に籠ってしまって……。その隙をついて小鬼王が攻めて来ようとしてるんです」

「大蛇様?」

「巨大な蛇の魔物です。僕たちは大蛇様に貢物を捧げることで、守ってもらっていたんです」

「魔獣の守護を受けていたという訳か。辺境だと稀にあるな……」


 渋い顔をしつつも、納得したように頷くガンズさん。

 俺も似たような風習には心当たりがあった。

 地域の主である強力なモンスターに貢物を捧げ、守護を賜る。

 国家が大きな力を有するようになって以降はすっかり廃れたが、かつての農村ではよく見られた風習だ。

 かつて俺が住んでいた伯爵領にも、巨大な狼に守ってもらっていた村とかあったらしいしな。


「事情はだいたい分かった。それで他の集落に助けを求めようとしたってわけか」

「ええ。でも、残念ながらすべて断られてしまいました。他の集落の者たちも、やはり小鬼王の配下と事を構えるのは恐ろしいようで……」

「小鬼王の配下なら、ゴブリンなんだろ? そんなにヤバいのか?」

「そりゃもう! 僕たちの村へ攻めてくるゴブリンロードは、百年近く生きてるって噂ですからね! 身体もオーガ並だとか」


 そりゃ、他の集落のコボルトたちが恐れて手を出さないというのも無理はないな。

 ……だが、オーガ並か。

 俺がマキナの方をちらりと一瞥すると、彼女は意図を察したように微笑む。


「私ならば、十分に倒せる範囲ですね」

「ほ、本当ですか!?」

「このメイドは、ドラゴンも倒せるからな。いま私たちが着ている鎧も、そこのメイドが倒したドラゴンの鱗で作られている」

「おぉ……! メイドってすごいんですね!」


 キラキラと目を輝かせるポポルとロプル。

 ふふふ、そうだろうそうだろう! メイドさんはすごいのだ!

 久々にメイドさんの布教が出来たことで、俺はすっかりご機嫌になる。


「よし、そのゴブリンロードと戦おう」

「本当ですか!?」

「ああ。ここから歩いて半日の距離に、そんな連中の拠点が出来たらたまらないよ。そのうちこっちに進出してくるのも目に見えてるし」


 隙あらば侵略を企てるような輩なのである。

 いずれはこの村の存在に気付いて、攻めてくるに違いない。

 それならば、コボルトたちと組んで今のうちに戦った方がマシだ。

 ひ弱そうに見える彼らだが、居てくれないよりははるかにいい。

 お肉を食べちゃったからって、木の実をどっさりと返してくれるぐらいには律儀な人たちだし。


「ありがとうございます、ありがとうございます……!!」

「礼はいいよ。ただ、流石にこちらとしてもタダってわけにはいかない。大変な戦いになるのは目に見えてるからね」

「もちろんです! 我が村で出せるものはすべて出します!」


 よしよし、いい心がけだ。

 それを聞いた俺は、すかさず尋ねる。


「なら、君たちの村に魔石ってある? あとついでに鉱石も」

「ありますよ。魔石は物々交換によく使うので蓄えてますし、鉱石もお山から取れるので」


 よっしゃっ!!!!

 ポポルの予想を超えた返答に、俺は思わずガッツポーズをするのだった。

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