第15話 ゴブリンロードの驚愕
サリエル大樹海を支配する六つの大勢力。
小鬼王率いるゴブリン族はその一角であるとされる。
肉体も知能も他種族より大きく劣る彼らがそれでも支配者として名を連ねるのは、ひとえにその数が圧倒的であるゆえだった。
ひとたび小鬼王が号令を発すれば、たちまち森を埋め尽くすほどのゴブリンが集い、すべてをなぎ倒しながら進軍する。
無数のゴブリンが欲望のままに森を蹂躙する様子は、時に災厄にも例えられた。
こうして集団の力によってのし上がってきたゴブリン族。
しかし、実のところ彼らは極めて野心が強く利己的な種族であった。
小鬼王の力によって抑えつけられ、纏まりを保っているだけに過ぎないのだ。
特に進化と成長を重ねた個体ほど自我が強く、王に絶対の忠誠を誓いつつも、内心では玉座を伺っていた。
新たにロードへと進化したグ・ザウもまた例外ではなかった。
ロードとして小鬼王から南東の小さな縄張りを預けられた彼であったが、このようなちっぽけな立場で終わるつもりは毛頭なかった。
いずれはゴブリンキングへと進化を果たし、ゴブリン族の頂点に立つ。
そしてそのまま大樹海を制し、自分たちを見下してきた他種族の雌を片っ端から貪るのが彼の野望だった。
そんなグ・ザウと彼の率いる群れにとって、コボルト族は絶好の獲物であった。
弱くて狩りやすく、さらに手先が器用で奴隷としても使い勝手が良い。
加えて、彼らの住む岩山からは貴重な鉱石も採れる。
これまで手を出さなかったのは、ひとえにコボルトたちを守護する大蛇様を恐れていたからに過ぎない。
だがその大蛇様は正気を失って岩山に籠った。
そして、大蛇様が暴れたせいでコボルト族の戦士もほとんどが死んだという。
このタイミングで恫喝をすれば、臆病なコボルトたちは簡単に奴隷となるだろう。
意地を張ったとしても、攻め滅ぼすのは簡単なはずだ。
グ・ザウもその側近たちも、自分たちの勝利を微塵も疑っていなかった。
実際、ほぼ間違いなく勝てる勝負のはずだったのだ。
コボルトたちに、ヴィクトルが加勢しなければ――。
「なんだ、あれは……?」
貧弱なコボルトどもを震え上がらせようと、立ち上がったグ・ザウ。
しかしその眼に飛び込んできたのは、恐怖に震えるコボルトではなく全身甲冑の集団であった。
その背丈は大きく、コボルトたちの二倍ほどはあるだろうか。
中身が何なのかは伺い知れないが、整然と並ぶその姿はかなりの威圧感がある。
――まさか、エルフに助けを求めたのか?
グ・ザウはかつて一度だけ戦ったことのあるエルフの騎士団を思い出した。
が、すぐにそんなはずはないと考えを振り払う。
エルフがコボルトたちを助ける理由がまったくないからだ。
加えて、ここからエルフたちの領地までは相当の距離がある。
「皆で鎧を着て身体を大きく見せているのでしょう。小賢しい手ですじゃ」
ロードの脇に控えていたゴブリンメイジのイ・アイが意見を述べた。
――なるほど、いかにも弱い奴らの考えそうな手だ。
グ・ザウがその意見に納得したところで、村長が現れる。
「ゴブリンロードよ! 我らはお前たちの要求には屈しない! ある方の協力で、こうして戦力も用意した! 大人しく帰ってもらおう!」
「雑魚が生意気な! 戦士たちよ、目に物を見せてやれ!」
「うおおおおおおっ!!」
気勢を上げ、一気に突っ込んでいくゴブリンたち。
だが次の瞬間、彼らの身体が吹き飛ばされた。
全身甲冑の集団が手にした槍を振るい、突撃してくるゴブリンたちをまとめて薙ぎ払ったのだ。
甲冑はそのまま群れを押し返していき、次々とゴブリンを討ち取っていく。
その様はもはや、戦いというよりは虐殺に近かった。
「……馬鹿な! エリート種がこうも簡単に……!」
「怯むな、いけええ!!」
敵の勢いに怯んで立ち止まるゴブリンたちの尻を、文字通りに蹴飛ばすグ・ザウ。
――下がれば殺す。
明確な殺意を感じたゴブリンたちは、やむなく突撃を続けた。
だがここで、さらに巨大な矢の雨が降り注いでくる。
グ・ザウの威圧によってかろうじて指揮を保ちってたゴブリンたちが、いよいよ総崩れになり始めた。
「おのれ!! コボルトどもめが!! 皆殺しにしてくれるわ!!」
このままでは群れが全滅しかねない。
グ・ザウは大金棒を手にすると、とうとう自ら突撃した。
たちまち全身に紅い文様が浮かび上がり、筋肉が膨張する。
極度の怒りによって、一時的に肉体の限界が外れた激昂状態だ。
そこへさらにゴブリンメイジが補助魔法を掛け、身体能力をさらに増大させる。
その肉体はもはやゴブリンというよりも、オーガのようだ。
「ぬおおおおっ!!」
ゴブリンたちを蹂躙していた甲冑集団。
それを今度は、グ・ザウの大金棒が粉砕した。
――ゴゴォンッ!!
轟音とともに、甲冑の頭部が吹き飛んだ。
その雄姿を見たゴブリンたちの士気が、にわかに回復する。
「ロードに続けえええ!!」
後詰をしていたゴブリンジェネラルたちが動いた。
彼らは甲冑集団の中へと切り込むと、集団で一体ずつ確実に仕留めようとする。
流れがほんのわずかにだが、グ・ザウたちに向き始めた。
しかしここで、村の方から何やら呑気な声が聞こえてくる。
「ロードが思った以上に強いな。ランスロットだけだと厳しいか」
「では私が、あのデカブツを止めてまいります」
「上位種はは私たちが倒しましょう。行くぞ!」
「よっしゃ、やっと防具が試せるな!」
「あの魔法使いもどきに、本物の魔法を見せてやるし!」
ここで村から数名の人間が姿を現した。
そしてそのうちの一人、ひらひらとした服を着た女がグ・ザウに急接近してくる。
――なんだ、命乞いでもするのか?
明らかに武人ではない女の姿を見て、グ・ザウは大いに油断した。
相手の顔立ちの美しさと見事な体つきに、情欲を抱いたことも影響していた。
だが次の瞬間――。
「排除いたします」
「………………ウゴァ!?」
拳がグ・ザウの腹に突き刺さり、たちまち骨が砕けるのだった。
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