第76話 内と外
「……とんでもないのが出てきたな」
水晶玉に映し出されたイレギュラー。
そのあまりに奇妙でおぞましい造形に、俺はたちまち息を飲んだ。
けっして、イレギュラーという存在を侮っていたわけではないが……。
これほどの怪物が現れるなんて、流石に想定外だ。
ナイトギアの二号機が完成するまで、調査を待つべきだったかもしれない。
「マキナ、アリシアさんに声は送れる? 撤退してもらおう!」
「アリシア様、逃げてください。危険です」
『いや、もう逃げられない』
そう返事をすると同時に、アリシアさんは剣を抜き放った。
く、戦いはもう避けられないのか……。
参ったな、これは相当ヤバそうだぞ……。
「……マキナ、勝てると思う?」
「ここからではレベルが測定できませんので、何とも。ただ、アリシア様は非常に戦い慣れていますので負けはしないかと」
はっきりとしたマキナの口調からは、アリシアさんへの信頼が感じられた。
へえ、マキナはそんなふうにアリシアさんのことを評価していたのか。
マキナの方が圧倒的に強いだけに、力をしっかりと認めているのは意外だ。
「何を驚いているのですか?」
「いや、そんなふうに思ってたんだって」
「私はレベルでこそアリシア様を圧倒しますが、技量や戦いの経験値ではまだ及びません。その点において、アリシア様を尊敬しておりますよ」
そう言っているうちに、アリシアさんとイレギュラーの戦いが始まった。
イレギュラーは二つの頭から、それぞれ炎と冷気を吐き出す。
おいおい、そんなのありかよ!
二つの属性を扱うモンスターなんて、見たことないぞ!
しかし、アリシアさんはいたって冷静だった。
彼女は首の動きを見ながら、攻撃をひらりひらりと回避していく。
「流石だ……!」
やがてイレギュラーの懐へと入り込んだアリシアさん。
彼女は剣を低く構えると、一気に前脚の付け根を斬り上げた。
――ザバッ!!!!
血飛沫が上がり、足を落とされた巨体がたちまちバランスを崩す。
彼女はそのまま背中側へ抜けると、振り返って追撃を入れようとした。
だがその瞬間――。
『なにっ!?』
前脚を切り落とされ、身動きが取れなくなっていたはずのイレギュラー。
それがいきなり振り返り、アリシアさんに反撃をした。
視界が大きく揺れる。
突然のことに、彼女はなすすべもなく吹き飛ばされてしまったようだ。
そしてそのまま、周囲の墓石に叩きつけられる。
「あれ? 足が……!!」
アリシアさんが切り落としたはずの右前脚。
それがいつの間にか、生えていた。
……見間違いか?
そう思ってマキナの方を見ると、彼女もまた渋い顔をして目を細めていた。
「……再生していますね」
「この短時間で?」
「間違いなく」
ゴーレムであるマキナは、基本的に見間違いなどをしない。
参ったな、まさかこんな能力があるなんて!
これじゃ剣技主体のアリシアさんが勝つのは相当に難しいぞ。
俺たちが息をのんで見守る中、お返しとばかりにイレギュラーが攻め始める。
『くるるおおおぉ!!』
聞くに堪えない奇妙な声を上げて、アリシアさんへと突っ込むイレギュラー。
それをアリシアさんは回避しきることが出来なかった。
やはり、墓石に叩きつけられたダメージが残っていたらしい。
視界が揺れて、アリシアさんがふらついているのがわかる。
「アリシアさんっ!!!!」
「いけません!」
感情に任せてダンジョンへと走り出しそうになった俺の手を、マキナがつかんだ。
そうだ、俺が行ったところで何にもならない。
そもそも、たどり着けるかどうかだってわからないぐらいじゃないか。
そう思うとたちまち無力感がこみあげてくるが、ここでマキナが言う。
「アリシア様が着ているナイトギアは、マスターが作ったものでしょう? ならば、その性能を信じて待つべきです」
そう告げるマキナの目からは、強い信念が感じられた。
それだけ俺や俺の作った物のことを強く信じていてくれるということだろう。
……俺としたことが、自分の作品や仲間を信じることができなかったなんて。
我ながら、少し恥ずかしい気分になる。
「そうだね。信じよう」
こうして、アリシアさんを見守ることを決めた直後。
急にマキナの表情が険しくなった。
彼女はそのまま目を閉じると、何か考え込むように額を抑える。
「どうした?」
「どうやら敵は、ダンジョンの外にもいたようです。ツヴァイが巨大なドラゴンと遭遇したと」
「ド、ドラゴン!? どこで!?」
「イスヴァールの街です」
そう言うと、マキナは水晶玉へと手を伸ばした。
たちまち、アリシアさんを映していた映像が切り替わる。
代わりに現れたのは、巨大なドラゴンが街中で暴れる姿だった。
「何だこりゃ……!! レッドドラゴンよりデカいぞ!」
「上位竜かと。いま、ツヴァイが街の住民たちを避難させているところです」
マキナがそう言っている間にも、ドラゴンによって家が押しつぶされた。
幸い、誰も中にはいなかったようだが……。
このまま暴れさせてたら、あっという間に街が廃墟になっちゃうぞ!
「どうやら、我々の街は内と外の両方から攻め込まれたようですね」
平静ながらも、緊迫した口調で告げるマキナ。
どうやら俺たちの街は、今最大の危機に直面しているようだ――。
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