第75話 遥かダンジョンの奥へ
「……今のところ異変がないな」
アリシアがダンジョン探索を始めて、はや二時間ほど。
間もなく五階層という位置まで到達した彼女だったが、今のところ異変を見つけることはできていなかった。
イレギュラーは、ダンジョンの奥にとどまっているのだろうか?
アリシアは緊張感で身を強張らせつつも、五階層へと繋がる階段を降りる。
そして、ボスが待ち受ける広場へと通じる扉を開くとそこには――。
「……来たか、ファイアエレメント!!」
ぼんやりとした人型を象る炎。
火を司る下級精霊、ファイアエレメントだ。
下級精霊と言っても、その力は決して侮ることはできない。
実体を持たない魔力の塊であるがゆえに、通常の武具ではダメージを与えることができないのだ。
加えて頭や心臓と言った生物的な弱点がないため、非常に戦いづらい。
アリシアでもソロでは苦戦必須の相手だ。
とはいえそれは――。
「ライトニングゼット、オンッ!!!!」
即座に、アリシアがナイトギアに仕込まれた魔道具を操作する。
途端に彼女の腕から稲妻が迸った。
魔力の雷を纏った彼女は、一気にファイアエレメントに向かって駆ける。
――グゴオオオォッ!!
途端にファイアエレメントが炎を噴き出し、アリシアを迎撃した。
しかし、その動きはやや直線的。
アリシアはサイドステップで難なく炎を躱して、ファイアエレメントを殴る。
――バチバチバチッ!!
たちまち、稲妻がファイアエレメントの体表を駆け抜けた。
物理を超越した魔力の雷は、実体を持たないエレメント種にも有効だ。
しかし、攻撃がやや浅かったのだろう。
ファイアエレメントは大きなダメージを受ける前に、すり抜けるようにしてアリシアから距離を取る。
「なるほど。ならば……!」
腰のホルダーから剣を抜き放つ。
ミスリル製の業物が、白く獰猛な光を放った。
そこへさらに、青い稲妻が加わる。
魔力の伝導性が高いミスリルだからこそできる技だ。
「この剣で、切り捨ててくれる!!」
走り出すアリシア。
ファイアエレメントは再び炎を吐き出して迎え撃つ。
先ほど、あっさりと回避された反省だろうか。
扇形に大きく広がった炎は、かなり回避が難しいように見えた。
だがしかし――。
「甘いっ!!」
アリシアはそのまま炎の中へと突っ込んだ。
たちまち剣が炎を切り裂き、道が現れる。
さながら雲の切れ間のようにか細いそれを、アリシアは瞬く間に駆け抜けた。
そして、ファイアエレメントの身体を袈裟に斬る。
「入った!!」
大雑把な人型を為すファイアエレメント。
そのかろうじて首と見なせる部分に、剣が滑り込んだ。
――ザッ!!
稲妻を纏った刃は、抵抗もなく炎で出来た身体を引き裂く。
さらに続けて、アリシアは剣を横に薙ぎ払った。
「……うむ、やはり素晴らしいな」
連撃の末に、ファイアエレメントの身体は散り散りになって消えた。
アリシアはふうっと息をつきながら、水を飲む。
恐らくヘンリーがいた頃の暁の剣の全員でも、このファイアエレメントの相手はきつかっただろう。
それをソロで圧倒出来たのだから、やはりナイトギアの力はすさまじい。
「むっ!」
ここで部屋の奥からゴロゴロと重々しい音が響いた。
壁の一部が動いて、通路が出現したようだ。
ぽっかりと開いた黒い穴のようなそれを見て、アリシアは気を引き締める。
ダンジョンで本当に恐ろしいのは、ここから先の未知の領域だ。
「……おや?」
こうして通路を通って下に向かおうとしたところで、アリシアは壁に血痕が残っていることに気付いた。
明らかに、何かがここを通り抜けた痕跡である。
普通のモンスターはこのような場所へは来ないので、間違いなくイレギュラーのものだ。
「だいぶ近づいて来たな」
いよいよ敵が迫っている。
まだ血が完全に渇いていないことに気付いたアリシアは、そう確信した。
彼女はそのままゆっくりと暗い階段を降りて地下六階層へと向かう。
すると――。
「これは……!!」
石壁の通路を抜けると、周囲の景色が一変した。
濃い霧が立ち込めるそこは、見たところ墓場か何かのようだ。
よほど広い空間なのか、天井や壁はほぼ見ることができない。
これまで歩いて来た距離と一致しないが、恐らくは空間が歪んでいるのだろう。
「……気味が悪いな。それに、ひどい臭いだ」
周囲に漂う獣の臭い。
それは冒険者として経験の長いアリシアですら、吐き気がするほどだった。
濃密な血の臭いも混ざっていて、頭がくらくらとして来てしまう。
おまけに、地面はぬかるんでいてねっとりした泥がくるぶしまで達する。
「……来たか!」
――くるるるぅおお!!
霧の向こうから聞こえてくる、酷く奇妙な唸り声。
それと同時に、霧の中からゆっくりと大きな影が姿を現す。
それを見た途端、アリシアの顔が強張る。
「なんだこれは……!!」
それはさながら、子どもが冗談で作ったような姿をしていた。
四つ足の獣をベースに、いくつものモンスターが組み合わされたようだ。
これまでも恐ろしいモンスターならば何度となく見てきたが、これは種類が違う。
ひどく冒涜的で、生物としてあってはならない姿だ。
アリシアの心中に、形容しがたい嫌悪感が沸き上がる。
「イレギュラーとはいえこれは……。まあいい、始末してやる!」
「ひゅるううおおおぉっ!!」
こうしてアリシアは、イレギュラーとの戦いに臨むのだった。
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