第64話 小鬼と竜人

 大樹海を支配する六王。

 その一角であるリザード族は、少数精鋭を誇る種族であった。

 ――数ならゴブリン、個ならばリザード。

 大樹海に住まう者には古くから知られる格言である。

 特にリザード族の中でも上位の者たちは自らを竜人と称し、かつて世界を支配した古代竜の末裔であると嘯いていた。


「おら、さっさと飯を運んで来い!」


 ゴブリン族の縄張りの北はずれ。

 死霊族の縄張りとの境界付近に、小さな集落があった。

 森の恵みに乏しく旨味の無い土地であることから、主であるはずの小鬼王からも忘れられたような場所である。

 この何もないはずの集落に、数週間前からリザード族の男が住み着いていた。


「シェグレン様のおかげで、本当に助かりました。一度ならず二度までも、村を襲った魔獣を退治していただけるとは……」

「いいってことよ。飯さえ食わせてくれるなら、何度だって倒してやるぜ」


 平伏するゴブリンたちを見下ろしながら、機嫌よく笑うシェグレン。

 筋骨隆々とした大柄な体格で、年の頃はまだ二十歳そこそこであろうか。

 基本的には人間とほぼ同じ姿をしているが、その頭には二本の角が生え、臀部からは鱗の生えた尻尾が伸びている。

 そして、その爬虫類のように裂けた目が見据えるのは猿の姿をした巨大な獣の骸。

 近隣の主として、ゴブリンたちに恐れられていた魔獣であった。

 

「しかし、魔獣とやらも大したことなかったな。このままじゃ腕がなまっちまう」

「あの魔獣以上となると、この辺りには……」

「ちっ、所詮はゴブリンの縄張りだな」


 ゴブリン族の縄張りは、大樹海の中でも魔力の薄い環境の穏やかな地域である。

 ゆえに住んでいるモンスターもさほど強くはない。

 シェグレンがもともと住んでいたリザード族の縄張りと比較すると、いろいろな面で”ぬるい”場所であった。


「ずいぶん長居しちまったし、そろそろ出かけるか……」


 そうは言ってみたものの、シェグレンには特に行く当てなどなかった。

 もともと、この里へ流れ着いたのもただの偶然だったのだ。

 決闘に敗れ、里を追放された彼は当てもなく樹海を彷徨っていた。

 そうしたところを、たまたまこの集落のゴブリンに発見されたのである。

 ここを出てしまえば、向かうべきところなどどこにもない。


「ふーむ……」

「お前が、追放されたリザードか」


 シェグレンが唸っていると、どこからか声が響いた。

 たちまち、ほろ酔いだったシェグレンが武器を構える。

 双眸が細められ、眉間に皺が寄った。

 こうして緊張感が高まったところで、近くの物陰からゴブリンが姿を現す。


「ジェネラル様……!!」


 現れたゴブリンは、上位種のゴブリンジェネラルであった。

 たちまち集落のゴブリンたちは深々と平伏する。

 この忘れられたような集落にジェネラルが現れるのは、実に久しぶりであった。


「俺のことを知ってるのか?」

「ああ、近くの集落の者から王に報告があった。情報が不正確だったので、かなり捜したがな」

「余計なことしやがって……」


 しかめっ面をするシェグレン。

 はぐれ者のリザードなど、縄張りの統治者からすれば厄介者でしかない。

 このまま追い出されるか、それとも使い走りとして利用されるか。

 大人しく従うつもりはないが、一筋縄でいくほど小鬼王も甘い相手ではないと彼は知っていた。

 それだけに、何とも言い難い緊張感が周囲を満たす。


「……どうする気だ?」

「お前にいい場所を紹介してやる。そこへ行け」

「行かなきゃダメか? こう見えて、俺はここのゴブリンたちとは仲良くやってるんだぜ? なぁ?」


 そう言うと、シェグレンは平伏するゴブリンたちへと眼を向けた。

 その視線の鋭さに、たちまちゴブリンたちは身を震わせる。

 ゴブリンジェネラルとシェグレンの間で板挟みとなった彼らは、どうして良いか分からずに戸惑い始めた。


「おいおい、皆震えているではないか」

「魔獣から助けてやったってのに、薄情な奴らだ」

「そう言ってやるな。なに、これはお前にとっても悪い話ではない。族長に決闘を挑んで追い出されたぐらいだ、戦いは好きなのだろう?」

「……まあな」

「ならば、面白い相手と戦えるかもしれんぞ」


 ニタァッと含みのある笑みを浮かべるゴブリンジェネラル。

 その顔を見て、シェグレンはほうと吐息を漏らす。


「面白い相手? 魔導王国の騎士あたりか?」

「違う。お前、この間のクロウラーの大発生は知っているか?」

「一応な」

「あれはエルフどもが倒したのではない。未知の怪物が倒したらしい」

「なんだそりゃあ。確かな話かよ?」


 呆れた顔をするシェグレン。

 今年発生したクロウラーの大群は、軽く十億を超える規模だと聞いている。

 それをどうにかできるほどの怪物など、いくら大樹海と言えどもそうはいない。

 そのような怪物が新たに現れたなど、質の悪い冗談としか思えなかった。

 だが、ゴブリンジェネラルはいたって真剣な顔で答える。


「間違いなく確かな話だ。そしてどうも、その怪物はコボルトどもと繋がっているらしい」

「コボルトだぁ? あの犬っころとか?」

「そうだ。どうも連中、新たに街を作っているらしい。それがここだ」


 そう言うと、ゴブリンジェネラルは懐から地図を取り出した。

 ゴブリンが作成したものらしく、紙が硬くて厚さも不均一。

 お世辞にも質がいいとは言い難い代物だが、最低限、場所は分かるという程度のものだ。


「……つまり、ここへ行って様子を見てこいと?」

「その通り」

「ここからだと、まっすぐ歩けば十日と言ったところか。まあいいだろう」


 地図を手にして、渋々といった様子ながらも頷くシェグレン。

 こうして、イスヴァールに新たな影が迫るのだった――。

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