第66話 広がるダンジョン

 洞窟の最奥に聳える白亜の門。

 神々しく、浮世離れして見えるその前にちょっとした人だかりが出来ていた。

 近づいてみると、その中心には血を流す冒険者たちの姿がある。

 どうやら、冒険者のパーティが手ひどい怪我を負わされて戻ってきたらしい。


「どうした、何があった!」


 人だかりの中に、ガンズさんとミーシャさんの姿もあった。

 二人を見つけたアリシアさんは、すぐさま声をかける。

 そしてそのまま、人混みをかき分けて集団の中心へと移動していった。

 俺たちもまた、彼女の後に続く。


「それが、凶悪なモンスターに襲われたって……」

「初日からこんな怪我人が出るとは……。レベルの確認はちゃんとしたのか?」

「もちろんしたし! この人なんて、レベル六十もあるんだから!」


 そう言うと、ミーシャさんは怪我をしている冒険者の中でも一番重傷の人を見た。

 細く引き締まった体つきをしたその人物は、装備もしっかりと整っている。

 エルフゆえに年齢は分からないが、恐らくはかなりのベテランだろう。

 レベル六十というのも、たぶん本当だ。


「それは妙ですね。このダンジョンはレベル五十のアリシア様でも余裕をもって攻略できたはずですが」

「…………その言い方、少し棘を感じるのは気のせいか?」

「いえ、そのようなことは」

「んなことはいいから! さっさと治療しねえと、やべえぞ!」


 ガンズさんが吠える。

 すかさずマキナが懐から救急箱を取り出した。

 ……いったい、どこにあんなものを持っていたのだろう?

 俺たちが疑問に思うのもよそに、テキパキと冒険者たちの手当をしていく。

 そして最後にハイポーションを飲ませると、青ざめていた彼らの顔色もいくらか良くなった。


「これでひとまずは大丈夫でしょう」

「しかし、何故ここまでの大怪我を……。シャドウウルフか?」

「いや、この傷は明らかに火傷だ。ウルフの仕業じゃねえ」


 ただれてしまった皮膚を見て、唸るガンズさん。

 するとミーシャさんが、首を傾げて言う。


「でも、あのダンジョンで火を使うのはファイアリザードぐらいっしょ? あいつ、確かに強いけど単純で戦いやすい相手じゃない?」

「熟達した冒険者ならば、苦戦はしない相手だな」

「ファイアリザードじゃない……ファイアエレメントだ……」


 ここで、冒険者の一人が呻くように言った。

 それを聞いたアリシアさんたちの顔が、たちまち険しくなる。


「ファイアエレメント? このダンジョンにはいなかったはずだが……」

「そもそも、ここにはエレメント種自体がいねえだろ」

「それ、どこの話? 詳しく教えてくんない?」


 冒険者に近づき、より詳しく話を聞き出そうとするミーシャさん。

 彼女によって上半身を抱えられた冒険者は、咳き込みながらもゆっくりと語り出す。


「ファイアエレメントは……五階層の主だ……」

「馬鹿な! それはファイアリザードだったはずだ!」

「そうだし! 見間違えたんじゃないの?」

「いや、いくら何でもエレメント種とトカゲは見間違えないはずだ。ひょっとすると、イレギュラーじゃないのか?」


 イレギュラーというのは、本来は出現しないモンスターが現れる現象である。

 基本的に元のモンスターよりも強力なモンスターが出現するため、冒険者からはかなり恐れられているとか。

 俺もこのダンジョンが発見されたとき、アリシアさんたちから聞かされた知識だ。

 

「おい、ファイアエレメントは倒したのか?」

「何とか……。このざまだがな……」

「……ありがたい」


 ほっと一息つくガンズさん。

 イレギュラーは基本的に、一度倒してしまえば次は元のモンスターが出てくる。

 この人たちが倒してくれたならば、他の冒険者たちは安全だろう。

 ――そう思っていた矢先だった。


「くっ! 誰か治癒魔法は使えないか! もしくはポーションをくれ!」


 門から現れた三人組の冒険者。

 彼らもまた、怪我を負って撤退してきたようであった。

 すぐさまマキナが駆け寄り、彼らにもポーションを手渡す。


「助かった! しかしどうなってんだ、ここのボスはファイアリザードじゃなかったのかよ?」

「……そっちにもファイアエレメントが出たのか?」

「ああ。おかげで撤退するしかなかったぜ。エレメント種と戦うには、どうしたって魔法がいるからな」

「そんな、イレギュラーが二連続で出たというのか……?」


 予想外の事態に、困惑するアリシアさんたち。

 俺も、何が起きたのかさっぱりわからない。

 しかしここで、ポーションを渡し終えたマキナが落ち着いた顔で言う。


「これは、ダンジョンが成長したのではないでしょうか?」


 そう聞いて、俺たちはにわかに顔を険しくした。

 マキナはそれに構わず、軽く咳払いをして話を続ける。


「ダンジョンが成長したのに伴って、配置された階層主の種類が変わった。そう考えるのが最も自然かと思われます」

「なるほど。もともとダンジョンを育てようとして人を集めていたわけだし、あり得なくはないね」

「……これは改めて、調査をし直す必要がありそうですね」

「うん。でも、すぐってわけにはいかないよ」


 レベル六十の冒険者が返り討ちにあってしまうぐらいなのだ。

 エレメント種は物理攻撃が通じにくいので、相性の問題などもあるはずだが……。

 いずれにしても、入念な準備をする必要がありそうだ。

 マキナが中に入れればいいが、あいにく、今のマキナは構造的にダンジョン内部へは行けないからね。

 本体とのリンクが切れると、大幅に弱体化してしまうから。


「とりあえず、いったん五階層は立ち入り禁止。調査が終わったところで、改めて立ち入りを許可しよう」


 一難去ってまた一難。

 俺たちは「五階層以降、立ち入り禁止」の注意書きをダンジョン入り口の前に置くと、怪我人を連れてひとまずその場から引き上げるのだった――。

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