閑話 その頃の伯爵領

「税収が全く足りない?」


 ヴィクトルの追放からおよそ一週間が過ぎた頃。

 シュタイン伯爵家の当主、ディロン・シュタインは絶望的な報告を受けていた。

 ヴィクトルのいなくなった後、アルファドの街にはすぐに代わりとなる新しい代官を向かわせたのだが……。

 その男が今朝方、血相を変えて伯爵家の本宅を尋ねてきたのだ。


「はい。ゴーレムたちが動かなくなったため、それを人間に置き換える必要が出てきたのですが……最低限必要な費用だけで今の倍以上の税収が必要です」

「それは妙だな。アルファドはそれなりに栄えていたはずだが? 税収がそこまで少ないわけがあるまい」


 王国北西部に広い領地を持つシュタイン伯爵家。

 その中でも、アルファドはかなり規模の大きい都市である。

 人口は優に三万を超え、民の暮らしぶりもそれなりに裕福だったはずだ。

 ここ最近はヴィクトルに任せきりであったが、特に問題が起きたという話も聞いてはいない。


「いえ、それが……設定されている税率がまったくおかしいのです。人頭税などは相場の半額、市場税や通行税に至ってはそもそもないとのことで」

「なんだそれは! それでは街が回るはずがないではないか! 単純作業はやつ自慢のゴーレムで何とかしていたとして、事務仕事などはどうした!」

「それもほぼすべてゴーレムがしておりました」

「衛兵は? あの規模の都市なら、それなりに人数がいただろう?」

「それもゴーレムで賄っていました。それで不足の場合は、冒険者を臨時で雇い入れていようです」


 話を聞くにつれて、眉間の皺を深めていくディロン。

 ヴィクトルが街の仕事を回すためにゴーレムを活用していることは知っていたが、まさかこれほどだったとは。

 そもそもディロンの認識では、ゴーレムは単純作業以外はできないはずなのだ。

 ヴィクトルは街の仕事をゴーレムで自動化したなどと主張していたが、実際はただの放置に近い状態になっているだろうというのが彼の予想だったのである。


「ならば、ゴーレムの補修はできぬのか? 動かなくなったなら直せばいいだろう」

「配下の魔導師に確認させたのですが、複雑すぎてとても手に負えないと。それと機能停止は故障ではなく、街を去るにあたってヴィクトル様が意図的に行ったことのようです」

「むむむ……厄介なことを……! だったら、増税するしかあるまい!」

「いきなり大きな増税をすると暴動が起きますぞ。民が逃げる可能性もあります」

「ではどうしろと?」


 不機嫌そうな目で、ディロンは代官の顔を睨みつけた。

 代官はとっさに「ヴィクトル様に戻ってきてもらうしかないでしょう」と言いたくなるが、すぐさま言葉を呑み込む。

 ここでそのようなことを口走れば、ディロンは即座に彼をクビにしただろう。

 古参の家臣である代官には、烈火のごとく怒り出すディロンの姿が容易に想像できた。


「……収支のつり合いが取れるまで税の引き上げを行いましょう。ただし、段階的に行うのです。じわじわと引き上げて領民たちの不満を少しでも緩和するしかありますまい」

「やはりそれしかないか」

「私に一つ、案がございます」


 ここで急に、若い男の声が聞こえた。

 それと同時に部屋の扉が開かれ、紳士然とした青年が中に入ってくる。

 シュタイン伯爵家の次男、ヴィーゼル・シュタインであった。


「なんだ、聞いていたのか」

「父上の声が廊下にまで響いておりましたので、つい立ち聞きを」

「それで、案とは何なのでしょうか?」

「はい。先ほどあなたが言われていた行政を回すのに最低限必要な費用。それは、必要な人員を雇った場合の想定でしょう?」

「ええ、そうですが……」


 質問の意図がわからず、代官は戸惑いながらも答えた。

 するとヴィーゼルは何やら意味深な笑みを浮かべて言う。


「ならば雇わねば良いのです」

「雇わずにどうやって人を確保するのだ? わが国では奴隷は認められておらぬぞ」

「いえいえ、そのような前時代的なものは使いません。借りるのです」

「ほほう?」


 伯爵たちは少し前のめりになって話を聞く姿勢を取った。

 ヴィーゼルはここからが本番とばかりに、少し芝居がかった様子で言う。


「我がエンバンス王国では、貴族が使用人を雇う上で古くからの慣習や法がございます。ですが、それらの規則はあくまで貴族にのみ適用されるもの。平民同士で人を雇う場合には適用されません」

「むむ、それはもしや……!」

「ええ、恐らく父上の考えられた通りです。我々は直接人を雇わず、商人から街の運営に必要な人員を派遣してもらう契約を結ぶ。こうすることによって、法を掻い潜っていくらでも安く人を使うことが出来るのですよ」

「おお、素晴らしい案ではないか! さっそく商人とつなぎを取れ!」


 ディロンはポンッと手を叩き、ヴィーゼルの案を採用することを決めた。

 その一方、代官は慌てて彼を止めようとする。


「お待ちください! そのようなことをすれば、どうなるかわかりませんぞ!」

「何の問題があるというのだ?」

「まず、街の運営を商人に依存することになります! そうなれば、後々厄介なことになりますぞ!」

「ふん、たかだか商人風情に何ができるというのだ。問題あるまい」

「そうだ、我らは伯爵家なのだぞ」


 平民に対する差別意識の表れか、ディロンとヴィーゼルは全く警告を聞き入れようとはしなかった。

 代官は心が折れそうになるが、さらに続けて言う。


「では第二に、使用人に関する制限は使用人の品位を保つ目的もあります。相場を大きく下回るような給金では、劣悪な人材しか集まりませぬ!」

「今までゴーレムが回していたような街なのだ。問題あるまい」

「その通りだ。だいたい貴様、これ以上に良い案があって言っているのか? 対案もなしに否定をされても困るのだがね」

「それは……」


 代官に妙案がないのも事実であった。

 彼はそのまま押し黙ってしまい、それ以上は何も言うことが出来ない。


「では決まりだ! さっそく手配をするぞ! それから今後、アルファドの街はヴィーゼルに差配させる!」

「ありがとうございます、父上」

「なっ! それでは私は……!」

「解任だ! 追って処遇を伝えるゆえ、さっさと出ていけ!」


 そう叫ぶと、ディロンはさっさと代官を追い出してしまった。

 ――ゴーレムによって賄われていた仕事を商人に派遣させた安い人間で賄う。

 アルファドの街、ひいては伯爵領がおかしな方向へと向かい始めた瞬間であった。

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