第9話 新工房

「おお、すごい獲物だ!」

「今日は少し奥へ行ってみましたから」


 牛ほどもある巨大なイノシシ。

 ゴーレムの背に乗せて運んできたそれを、アリシアさんは得意げな顔で撫でた。

 サリエル大樹海の開拓を初めて、はや二週間。

 初めは何もなかったこの場所での生活も、少しずつ安定してきていた。

 今のところは、俺が村の整備と新しいゴーレムの開発。

 マキナが全員分の家事と俺の護衛兼手伝い。

 アリシアさんたちが周辺の探索と狩猟という役割分担で回している。

 

 本当は、マキナもアリシアさんたちの遠征班に加えるとはかどるのだけど……。

 彼女が俺の護衛を最優先するべきと提案したので、このような分担となっている。

 俺が狩りについて行けばそこも解消できそうであったが、それについてはアリシアさんたちの方が拒絶した。

 いくらマキナがいても、素人の俺を危険な狩りには連れ出せないとか。

 元一流の冒険者だけあって、そのあたりのプロ意識は本当にしっかりしている。


「大したもんだろ。これだけの獲物を狩ったのは俺たちも久しぶりだ」

「あたしもちょー頑張ったんだからね!」

「いやほんと、みんなのおかげで助かってるよ。俺とマキナだけだったら、村の仕事だけで手いっぱいだったろうし」

「……そう言えば、ヴィクトル様は村で何をしていたのですか? ずいぶんと泥まみれですが」


 すっかり汚れてしまっている俺の服を見て、アリシアさんが怪訝な顔をした。

 ああ、三人にはまだ言ってなかったんだっけ。

 

「粘土を探してたんだよ」

「粘土?」

「そうそう。炉に必要だから」


 炉で金属を加工することが出来るようになれば、生活の幅は大きく改善される。

 他にも陶器を作ったり、建築に使ったり、ゴーレムの材料に使ったり……粘土にはいろいろな用途があるのだ。

 そのため、タロス型と一緒に村のあちこちを掘ってどうにか粘土層を見つけ出したのである。


「なるほど。そう言えば、工房の方はもうできたんですか?」

「八割がたは。ちょっと来てみる?」

「ぜひ!」

「では、このグレートボアは私が食糧庫へ入れておきましょう」


 こうしてグレートボアをマキナに預けると、俺は新たに作った工房へと向かった。

 土を固めた道を歩いていくと、畑の端に大きな建屋が見えてくる。

 丸太を組み合わせて作られたそれは、素朴な作りながらもなかなか立派に見えた。


「おぉ、でっけえな!」

「戦闘用のゴーレムとかはかなりの大きさだからね。工房も大きくなるんだ」

「すごそうじゃん! 中はどんな感じ?」

「こっちへ来て」


 大きな木の扉を開けて中に入るといくつかの作業台が目に飛び込んでくる。

 そしてその脇には、工作用ゴーレムのヘルメス型が並んでいた。

 もともと雑用をこなすために開発したゴーレムの手先を改修し、工作用とした新機軸のゴーレムである。

 俺やマキナの指示があれば、だいたいの作業はできる優れモノだ。

 さらに奥には材料を置く大きな棚があって、色々とまとめておかれていた。

 今のところは保管してあるもののほとんどが木材で、材木屋みたいな有様だけど。


「こりゃすげえ! もうヴィクトル様は何もしなくても、ぜーんぶこいつらがやってくれるのか?」

「まだまだ設計とかはぜんぶ俺がやってるよ。指定したゴーレムを作ることしかできないんだ」

「なるほど、そこは人間がやらないとダメなのですね」

「そのうちその辺も完全自動化することを目指してるけどね」


 目指すは働かずにメイドさんとイチャイチャする生活なのだから、当然である。

 もっとも、そこに至るのはまだしばらく先になりそうだけど。

 仮にゴーレムの設計から解放されたとしても、開拓領主には仕事が多いのだ。


「材料があれば、一日に何体ぐらい作れるの?」

「ものによるけど、タロス型なら一日に三体は作れるかな」

「へえ、大したもんじゃん!」

「そうだ、さっきのグレートボアの魔石ってある?」

「もちろん」


 そう言うと、アリシアさんは赤く輝く魔石を取り出した。

 大きさはこぶし大より一回り小さいぐらいであろうか。

 あれだけの図体を誇るだけあって、なかなか質のいい魔石だ。

 これならば、自律型は無理だがゴーレムの核としても十分使えそうだな。


「これを使って、さっそく新しいゴーレムを作ってみよう。タロス型がいいかな」


 俺が指示を出すと、さっそくヘルメス型たちが動き始めた。

 まずは奥から木材を持ってきて、のこぎりなどを使って手際良く加工し始める。

 その様子はさながら、熟練の職人たちが連携作業をしているようだった。

 ゴーレムの場合、演算回路が同じなので人間以上に互いの連携は取りやすい。

 こうして待っていると、みるみるうちに材木がゴーレムのパーツへと加工されていき、組み合わされていく。


「うわー、やば! ゴーレムの軍隊ができる日も近そう」

「これは、私がゴーレムたちを率いる日も近いかもしれないな」

「リーダーは将軍とか似合いそうだぜ」

「そこまで増やすには、材料の問題とかあるけどね。今ある材料だと追加で増やせるのはタロスが五体、フェイルノートが三体、デメテルが三体、ヘルメスが二体ってとこかな」


 基本的に、ゴーレムの生産には魔石を使う。

 これがやっぱりボトルネックなんだよな。

 とはいえ、俺たちは魔境に住んでいるため狩りをすれば集められるのだけど。

 近いうちに魔石を入手するための大規模な掃討作戦でもすべきかもしれない。

 モンスターがいなくなれば、村の周囲も安全になるしね。


「いっそ、モンスター牧場とか作れねえのか?」

「馬鹿者、凶暴なモンスターを飼い慣らせるわけがないだろう!」

「ああ、それもそうか」


 アリシアさんにツッコミを入れられ、ガンズさんはすぐに意見をひっこめた。

 するとここで、工房のドアが押し開かれてマキナが入ってくる。


「皆さま、そろそろ食事の時間です」

「お、今日のメニューはなに?」

「せっかくグレートボアのお肉が入りましたので、焼肉にしましょう。お肉を焼きやすいように切りそろえておきました。野菜もいくらか準備がございます」

「おっしゃああ!!」


 身体を使う仕事をしているだけあって、みんなお肉が大好きらしい。

 こうして俺たちは、焼肉大会をすることとなったのだった。

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