第10話 不穏な気配

「んんー、美味しい!!」


 グレートボアの肉を口いっぱいの頬張った俺は、たまらず唸った。

 最近はずっと節約生活をしてきたとはいえ、元は伯爵家の三男坊。

 それなりにうまいものを食べて育ったはずだが、その俺でも記憶にない味だった。

 柔らかくて肉の味が濃く、それでいてしつこくない。

 伯爵家の食卓に並ぶステーキよりも、はるかに上だ。


「すごいだろ? グレートボアはモンスターの肉でもトップクラスに旨いからな!」

「こればっかりは、魔境で暮らしていてよかったって感じー!」

「これは、まったくたまらないな……!」


 感極まったような表情をしながら、どんどんとお肉を食べるアリシアさんたち。

 彼女たち冒険者にしても、やはりこのお肉は相当のご馳走らしい。

 その食べっぷりときたらまるで吸い込んでいるかのようだ。


「マキナ、どんどん追加して!」


 俺の言葉を受けて、すかさずマキナが肉のブロックを切り分けていく。

 ――スパパパパッ!!

 大きな肉の塊があっという間に一口サイズになった。

 そしてそれをみんなで次々と焼けた石の上に載せて焼いていく。

 ――ジュワアアッ!!

 たちまち脂が焦げて、それはもういい音がした。

 これを聞いているだけで、食欲がもう爆発しそうだ。


「うはー、いいねえ!」

「ちょーいい匂い!」

「そろそろいいかな?」


 肉の表面が白くなったところで、サッと石から引き上げていく。

 美味しい肉というのは、火を通しすぎてもおいしくないのだ。

 そしてそのまま、軽く塩を付けて無言でパクリ。

 たちまち口の中で肉が解けて、旨味が爆発する。


「最高!!」

「おう! あとは、酒がありゃ言うことねえな!」

「あるよ! こんなこともあろうかと、持ち込んである!」

「マジか! 流石は我らが領主さま!!」


 こうして、飲んで騒ぐこと数時間。

 すっかり日も落ちて暗くなったところで、ようやく宴はお開きになった。

 だいぶ酔っぱらってしまった俺は、ちょっと千鳥足になりながら小屋に戻る。

 だがここで――。


「んん?」


 近くの茂みで、何か白いものが動いた気がした。

 まさか、モンスターか?

 肝を冷やした俺はすぐさま護身用のナイフに手を掛けると、マキナを呼ぶ。


「おーい、マキナ! ちょっと来てくれ!」

「どうしました?」

「あそこの茂みに何かいる!」


 俺がそう言って茂みを指差すと、マキナはすぐさま飛び込んでいった。

 しかし、特に何も起きない。

 おかしいな、確かに見たはずなんだけど……逃げちゃったのかな?


「うーん……おかしいな……」

「念のため、皆さまの小屋の前にタロスを配備しておきましょう。私は村全体を巡回して警備に当たります」

「わかった、任せるよ」


 こうしてその日の夜、俺は少し不安を抱えながらも眠りに就くのだった。


――〇●〇――


「あれっ!? ボア肉が!」


 翌日の朝。

 念のため食料庫を確認すると、昨日食べ残したボア肉が明らかに減っていた。

 記憶ではまだ半分以上あったはずなのに、三分の一ぐらいになっている。

 いったい誰がこんなことを……!

 俺はすぐにみんなを見渡すが、全員がすぐさま首を横に振る。


「いくら何でもこんなに食わねーよ!」

「モンスターが食べちゃったんじゃない?」

「でも、明らかに包丁かナイフで切られてるんだよね。ほら」


 ボア肉の切り口は滑らかで、明らかに刃物を使って切り取られていた。

 野生のモンスターがそんな器用なことが出来るとは、到底思えない。

 明らかに人為的な痕跡だ。


「ひょっとすると、亜人かもしれませんね」


 マキナの言葉に、にわかに緊張感が高まる。

 嘘だろ、まだ全然規模とか拡大してないのに!

 ここで亜人族に見つかってしまうのは、完全に想定外だ。


「まずいな、まだぜんぜん戦力が足りてねえぞ。今動かせるゴーレムは何体だ?」

「タロス型が六体、フェイルノート型が三体だね。今ある魔石をぜんぶ製造に回せば、追加で十体ぐらいは増やせると思う」

「それだとゴブリン族ぐらいならいいが……。オークやオーガなら厳しいな」

「げっ!? あたし、亜人に捕まるとか断固拒否なんですけど!」


 思いっきり渋い顔をするミーシャさん。

 無理もない、亜人族に捕まった女性の末路は悲惨な場合が多い。

 特に若い女性だと……あまり想像したくない感じだ。

 

「しかし、肉を泥棒しただけというのは気になります。凶暴な亜人族ならば間違いなく私たちを襲っていたはず」

「タロスがいたから、手が出せなかったんじゃないの?」

「その可能性はありますが……。他の食料にも手は付けられてません」


 顎に手を当てて、何やら考え込むような仕草をするアリシアさん。

 食糧庫の中には他にも干し肉や街から持ち込んだパンなどがあった。

 確かに凶暴な亜人族の盗人にしては、ボア肉だけを持って行くなんてずいぶんとお行儀が良い。

 

「いずれにしても、防衛体制の強化は必要でしょう」

「ああ。そろそろ防壁とか必要かも」

「森を切り開いた際に伐採した材木がまだ余っています。まずはそれで柵を作りましょう」

「そうだね。範囲はひとまず、建物のある範囲を囲えるぐらいでいいか」


 畑の部分まで囲うのはあまりに大仕事なので、それはひとまず後で良いだろう。

 とはいっても、工房などを含めると建物のある範囲だけで百メートル四方ぐらいはある。

 ゴーレムたちの労働力を加味しても、三日か四日はかかる作業量だろう。

 

「んじゃ、俺たちは周辺の調査だな。少し遠征してみよう」

「気を付けて。なんたって、大樹海なんだから」

「大丈夫、この二週間で私たちもだいぶ適応してきましたから」


 任せてくださいとばかりに胸を張るアリシアさん。

 流石は元一流の冒険者、実に頼もしい。

 だが、このまま出発させてしまうのは流石に少し心配だな。

 よく見ると、装備類も日々の酷使で少し傷んでいるように見える。


「そうだ! 少し出発を待ってくれない?」

「何かあるんですか?」

「粘土も手に入ったことだし、炉を作って防具を作ろうと思って。この間のレッドドラゴンの鱗がたくさんあるし」


 肉や骨は流石に荷物になるため持ってこれなかったが、魔石と鱗は剥ぎ取って持って来てある。

 それを使う、いい機会なのではないと思った。

 するとたちまち、アリシアさんたちの眼の色が変わる。


「ド、ドラゴンの鱗を加工できるんですか!?」

「うん。レッドドラゴンの魔石があるから、簡易的だけど魔力炉を作れるからね」

「マジヤバいじゃん! ぜひ、ぜひお願いしますっ!!」

「俺も、俺も頼む!!」


 なんだかすごい勢いで頭を下げてくる三人。

 レッドドラゴンって、ドラゴンと言っても下位だしそこまで貴重なんだろうか?

 俺はそんな疑問を抱きつつも、遠征に向かう彼らのために防具を作ることとなったのだった。

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