第56話 人口増加計画

「……えっと、マキナが二人になったんですか?」


 翌日。

 街の主要な住民たちにマキナとツヴァイのお披露目をすると、アリシアさんが戸惑ったようにそう言った。

 一応、自我を分割したことに関しては説明したのだけれど……。

 どうも、冒険者チームにはよくわからなかったらしい。

 隣にいるガンズさんも、きょとんとした顔をしている。


「ええっと要は、あの魔石ってすごく大きかったっしょ? だから、マキナとツヴァイの二人でそれぞれ分け合ってる感じ?」

「なるほど……?」


 ミーシャさんが説明するものの、内容が内容である。

 まだ理解できないのか、二人とも怪訝な表情だ。

 するとここで、エリスさんが助け舟を出す。


「ま、記憶を共有する双子みたいなものだと思っておけばだいたい正しいわ。私たち人間には、直感的に理解することは難しいもの」

「おお!」

「だいたいそう思っていただければ支障はありませんね。流石は賢者様」

「なかなか見事な説明なのであります」

「そう言われてもねー、あなたたち二人の方が私の十倍は賢いでしょ」


 からかうような口調で言うエリスさん。

 彼女の言う通り、いまやマキナたちは人間をはるかに超える演算力を有している。

 知識量も増大しているので、十倍賢いというのもあながち嘘ではない。


「十倍賢い、か。レベルの方はどうなのですか?」

「ふふふ……なんとですね……!」

「一千三十です」

「あっ! せっかく煽ろうとしたのに、どうしてすぐ言ってしまうのでありますか!」

「そんな演出は不要です」

「い、いっせんさんじゅう!?」


 予想を大幅に超える数字だったのだろう。

 その場にいた全員がざわついた。

 特に、平均的にレベルの低いコボルトたちには衝撃が大きかったらしい。

 驚きを通り越して、恐怖を感じているような素振りさえ見せる。


「一千三十とはまた……だ、大丈夫なのですか?」

「大丈夫とは?」

「力が余って、物を壊したりなどしませんよね?」


 コボルトを代表して、ムムルさんが質問を投げた。

 するとマキナは微笑みを浮かべて言う。


「問題ありません。完璧に制御できておりますので」

「精密作業もばっちこいであります!」

「ならばいいのですが……」

「私たちの力が振るわれるのは、外敵に対してだけです」


 そう言うと、マキナはちらっとチリの顔を一瞥した。

 その表情は一見して柔らかなものに見えるが、その目の奥に得体のしれない黒いものが見え隠れする。

 俺を襲おうとしたチリのことを、まだ完全に許したわけではないらしい。


「……もう二度と逆らわないから、圧を向けないで。苦しい」

「分かればよろしい」

「問題は過去の敵より、これからのことでありますよ。私たちの力を使って、もっともっと街を発展させていくのであります!」


 グッと拳を突き上げ、決意を新たにするツヴァイ。

 俺も全く同感である。

 戦力もある程度充実してきたし、ここらで街を一気に発展させたいところだ。


「街の発展ですか。家畜も無事に輸入しましたし、今のところ安定しておりますな」

「今のところ、街はとても住みやすいですぞ。多少肉が足りておりませんが、それもリャマが繁殖すれば十分でしょう」


 ここで、住民としての意見を述べるコボルトたち。

 それを聞いたマキナが、ふむふむと考え始める。


「ここはやはり、人口をさらに増やすべきでしょう。特に人間は、安定的な社会を築くためにはもっと数が必要です」

「そうだな。それに、ちょっとばかり男女比が悪い。結局、街に残ってくれた冒険者もほとんどが男だしなぁ」


 エリスさん一行の護衛としてやって来た冒険者たち。

 その大半が街に残ることとなったが、なんと全員が男であった。

 まあ、冒険者という職業自体がほとんど男なので無理もない。

 とはいえ、男女比が著しく偏った状態というのは良くないだろう。

 もし彼らがずっとこの街に住むのならば、そのうち結婚相手をどうするかなどの問題も出てくる。

 ……それに、オッサンだらけのむさくるしい町なんて俺は断固拒否するぞ!

 美少女だらけなら全然かまわないけど!


「ダンジョンの情報を外の世界に出せば、冒険者は集まると思うわ」

「ただ、それでも数は限られそうですね。うちのダンジョン、小さすぎますし」


 うちのダンジョンを攻略する旨味は、はっきり言ってまだ少ない。

 大樹海で狩りをしている方がよほど効率はいいだろう。

 距離的に近いエルフたちは物珍しさからくるかもしれないが、エンバンス王国から人間が遠征してくるとはちょっと考えにくい。


「場所も場所だしねえ。というか、冒険者が集まったらまた男女比が悪くなるわよ」

「サルマトさんに頼んで、女性を中心に移民を集めてもらいますか?」

「私が言うのもですが、一般的な女性は大樹海の奥まではこないでしょう」


 はっきりとした口調で告げるアリシアさん。

 その意見に、エリスさんとミーシャさんも頷いた。

 女性陣が揃って同意するとなると、やはりちょっと厳しそうだなぁ。

 ……マキナとツヴァイは「え?」という顔をしているが例外だ。

 二人ともゴーレムだし、レベル高すぎるし。


「魔導王国から連れてくるしかないかな? エルフと人間って、子どもを作れるかわからないけど」

「それも限定的でしょう。いえ、限定的にしなければ関係悪化につながる可能性が高いかと。国民を引き抜かれていい顔をする国はありません」

「そうだよなぁ」

「街まで実際に来てくれれば、暮らしやすいってわかってもらえるはずなんだけどね。せめて、安全にビューンって来れるような方法でもあれば……」


 エリスさんがそこまで言ったところで、マキナがポンッと手を叩いた。

 彼女はどこか得意げな顔で言う。


「既にあったではありませんか、ビューンと来れるような方法が」

「え? 何それ?」

「あ、そうか! あれじゃん!」


 ここで、ミーシャさんやエリスさんはピンときたようだった。

 一方、俺も含めて大多数のみんなは何だろうと首をかしげている。


「あれってなんだ? 私もさっぱりわからないが……」

「空飛ぶ船! アリシアも乗ったでしょ!」


 ああ、あれか!

 その場にいた誰もが、この言葉で納得するのだった。

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