第80話 解放
「……本当にいいの?」
何のためらいもなく答えたアリシアさんに、俺は逆に尋ねた。
彼女がナイトギアを大切にしていたことをよく知っていたからである。
実験が終わった後、いつもナイトギアをピカピカに磨き上げていた。
アリシアさんにとってナイトギアは、完成したばかりとはいえ掛け替えのない相棒のようなものだったのだ。
『かまいません。役に立つなら、こいつも本望でしょう』
そう断言するアリシアさんの目には、わずかながらに哀しさが感じられた。
自らの感情より、目の前の敵を葬ることを優先する覚悟がそこにはあった。
「わかった。大丈夫、どんなに壊れても俺が必ず修理するから」
『はい!』
「では、私の言うとおりにしてください。まず、敵にダメージを与えて回復のための流入させます。そこへナイトギアの魔力を開放してぶつけることで、術式を破壊して魔力を逆流させるのです」
『ナイトギアの魔力はどうすれば解放できますか?』
「魔石に強い衝撃を与えて、オーバードライブって言ってください」
『おお、カッコいいですね!』
ちょっと興奮した様子のアリシアさん。
正直、使うと思っていなかった機能なので起動コードはノリで決めたけど……。
割と好評なようで助かった。
深刻だった雰囲気が、わずかながらに和らぐ。
「しかし問題は、今の状態でダメージが与えられるかですね。加えて、ナイトギアの魔力を全開放するとアリシア様にも負担がかかるかと」
『問題ない。少し疲労しているが、あのデカブツぐらいどうにかなる』
そう言うと、アリシアさんはゆっくりと深呼吸をした。
不気味な静寂の中に微かな呼吸音が響く。
そして――。
『いくぞ!! 我が相棒、黒ちゃんよ!』
ぶっ!?
アリシアさん、ナイトギアにそんな名前を付けてたの!?
俺が驚くのも束の間、剣を抜いた彼女は勢いよくイレギュラーへと迫った。
二つの頭が、迫りくるアリシアさんを睨む。
しかし、彼女は動じることなくひたすらまっすぐに突き進んだ。
「なっ、大丈夫なのか!?」
「信じましょう」
イレギュラーに対して、あくまで真正面から突っ込んでいくアリシアさん。
すると驚いたことに、二つの頭は互いに見つめ合ったまま動きを止めた。
これはいったい、何が起こったんだ?
俺が驚いていると、すかさずマキナが解説してくれる。
「なるほど。ちょうど真ん中に来られると、どちらの頭が対応するべきなのか判断ができないのですね」
「そんなことある?」
「脳が二つある弊害でしょう。もともとあのイレギュラー個体は、思考の統率があまり取れていないようでしたから」
そういうことか……。
けど、戦闘中によくそれに気づいたな。
そして、気づいたからと言って実行しようとする胆力が凄まじい。
やはりアリシアさんは一流の戦士だな。
未だにマキナが敬意を払うだけのことはある。
『はあああああっ!!』
剣がイレギュラーの胸に刺さった。
たちまち血が噴きだし、黒のナイトギアが朱に染まっていく。
『『グルォオオオッ!!!!』』
二つの頭が同時におぞましい叫びを上げた。
水晶玉越しですら、気持ち悪くて背筋が冷える声だ。
それと同時に、イレギュラーの傷口が淡い紫の光を放ち始める。
肉が蠢き、みるみるうちに傷口が再建されていく。
「いまです!」
『オーバードライブ!!』
カッと白い光が迸った。
遅れて響く轟音。
たちまち視界が白一色に飲まれ、何も見えなくなってしまう。
まずいな、魔力が逆流したせいで爆発が起きたのか!!
「術式が物理的吹き飛ぶとは、想定外でした」
「アリシアさん!! 大丈夫ですか、アリシアさん!!」
俺はすぐさま水晶玉に駆け寄り、懸命に声をかけた。
クソ、魔力を解放した影響なのか?
水晶玉の視界はなかなか回復せず、ザーザーと耳障りな音が響く。
「お貸しください」
ここでマキナが、俺を移動させて水晶玉の前に立った。
彼女はたまに刻まれている術式を操作すると、すぐに視界を回復させる。
するとそこには――。
「アリシアさん! 良かった……」
ナイトギアを脱いだアリシアさんの姿が、はっきりと映し出された。
魔力を解放した際に起きた爆発のせいだろうか。
髪はぼさぼさになり、体中が煤けてしまっているが大事はなさそうだ。
「無事だったようですね」
『何とか。ナイトギアが最後まで私を守ってくれたようだ』
「黒ちゃんですね」
『そ、それを言うな!』
自分で言っておいて、人に言われるのは恥ずかしいらしい。
アリシアさんの頬がみるみる赤くなった。
しかし一方で、マキナはいたって平静に言う。
「それより、イレギュラーはどうですか?」
『ああ。ちょっと待ってくれ、見えるようにしよう』
そう言うと、アリシアさんの姿が視界から消えた。
どうやら、水晶玉と接続されているナイトギアの後ろへと回り込んだようだ。
こうして彼女が横倒しとなっていたらしいナイトギアを持ち上げると、たちまちイレギュラーの姿が見えてくる。
「うわっ……!! 何だこりゃ!!」
「これはなかなか……興味深いですね」
そこに倒れていたのは、一体のイレギュラーではなく複数のモンスターだった。
いずれもひどく傷ついていて、中には身体の半分以上が原形をとどめていないようなものさえある。
あのイレギュラーについては、複数の生物を繋ぎ合わせたような存在だとは感じていたが……。
まさか、本当にそうだったとは。
しかも、バラバラになってしまうとは予想外である。
『もういいか?』
「……ええ、大丈夫です。一応、サンプルとして一部を持ち帰ってもらえますか?」
『わかった』
そう答えると、さっそく作業にかかるアリシアさん。
その姿を見ながら、俺はしみじみとつぶやく。
「終わった……!!」
そして心の底から、安堵の息を漏らすのだった。
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