閑話 その頃の伯爵領2

「素晴らしい! こんなに安く済むのか!」


 ヴィクトルがサリエル大樹海へと旅立ってからおよそ一か月。

 新たにアルファドの街を任されたヴィーゼルは、領内最大の商会であるグレイス商会の会頭と打ち合わせを行っていた。

 ヴィーゼルはアルファドの街の実務を、このグレイス商会から派遣させた使用人たちに任せるつもりだったのだ。


「ええ。この頃は戦争が終わって人が余っておりますからなぁ、この程度の給金で済むのですよ」

「とはいえ、我が家で正規に雇った場合の三分の一以下とはな! これならば、ゴーレムどもがこなしていた仕事をすべて人間で賄っても余裕だろう」


 会頭が提出した見積書を見ながら、満足げに笑うヴィーゼル。

 これならば、アルファドの街の税収で十分に支払うことができるだろう。

 それどころか、毎月かなりの額の予算が余る。

 本来、それらの予算を財布に入れる権利はヴィーゼルにはないのだが……。

 街の財政を馬鹿正直に父へ報告する気などサラサラない彼は、使い込みをする気満々であった。


「しかし、ヴィクトルのやつは本当に愚かだな。せっかくゴーレムで金が浮いたというのに、その分を減税してしまっては意味が無かろう」

「そうですなぁ。あの方の妙な減税政策のせいで、街には中小の商会が乱立。私どもも商売敵が増えて逆に大変でしたよ」

「ふん、金は我々のような選ばれし者が有意義に使ってこそ活きるというのに。貧民が小金を持ったところで、どうせ下等な酒と不細工な女に使うだけであろう」


 そう言うと、ヴィーゼルはパンッと手を叩いた。

 たちまち、整った容姿のメイドが最上級のワインを運んでくる。

 ――そうだ、財はこのように美しいものに使ってこそ意味があるのだ。

 ヴィーゼルはワインを口に含むと、心の底からそう思った。


「金が貯まったら、すぐにでも館の改築を始めたいところだ。ヴィクトルの奴め、どこもかしこも得体のしれぬ器具で埋め尽くしおって」


 そう言うと、忌々しげな顔で部屋の中を見渡すヴィーゼル。

 館の内装は実用一辺倒で、そこかしこに実験器具や資料が山積みとなっている。

 その雑多な様子はヴィーゼルの趣味とはまったく合わないものであった。

 赴任してきたばかりで手が付けられていないが、いずれはすべて処分して館の中は芸術品で埋め尽くしたいと思っていたところだ。


「そう言えば、ゴーレムはどうなさったのです? 先日来た際は、処分に困っておいでのようでしたが」

「今朝方、くず鉄として売り払ってしまったよ。ひょっとして、君の商会に売った方がよかったか?」

「いえ、わたくしどもは古物屋ではありませんので」


 冗談めかして言う会頭。

 動かなくなったゴーレムなど、処分するのが面倒で二束三文にしかならないというのが彼の認識であった。

 古代のアーティファクトならば、それでも相応の値が付くのだが……。

 作成者が伯爵家のボンクラ三男坊ではとても期待は持てまい。

 こうしてヴィーゼルと会頭が談笑していると、不意に執事が部屋のドアを開ける。


「ヴィーゼル様、来客でございます」

「見てわからぬか。今はラポルト殿と話しているのだ、しばらく待ってもらえ」

「それがですな……。その方は白の塔の賢者を名乗っておられまして」

「賢者だと!?」


 驚きのあまり、ヴィーゼルはワインをこぼしてしまった。

 世界最高峰の研究機関である塔と呼ばれる組織。

 その正式メンバーは賢者と呼ばれ、魔法世界において最高の権威と実力を持つ。

 一国の王であっても一定の敬意をもって接さねばならない相手であった。

 そんな相手が、いったい何の気まぐれでこんな地方の都市を訪れたのか。

 ヴィーゼルは半ば混乱しつつも、すぐさま指示を飛ばす。


「すまないがラポルト殿、話は後だ! 今日のところはお帰りを!」

「え、ええ。承知しました」

「すぐに賢者殿をこの応接室にお通ししろ! 最高級の菓子と茶を忘れるな!」

「は、はい!」


 慌てて賓客をもてなす支度を始めるヴィーゼルたち。

 こうして数分後。

 部屋をどうにか美しく整えたところで、執事がトントンと扉を叩く。


「どうぞ」

「どーも。私は賢者のエリス。あなたがこの街を治めているヴィクトル殿?」


 やがて部屋に入ってきたのは、長い黒髪をした若い女であった。

 はっきりとした目鼻立ちに、雪のように白くきめ細かな肌。

 背は高く、メリハリの利いた身体はとても男好きがする。

 ――ふつくしい。

 ヴィーゼルは女のあまりの美貌に、光が差すような感覚すら覚えた。

 しかしエリスと名乗った女は、いたって冷静に言う。


「聞こえてないみたいだからもう一度聞くけど、あなたはヴィクトル殿?」

「い、いえ! 私はヴィクトルの兄のヴィーゼルです!」

「そうなの。ヴィクトル殿はこの街を治めているって聞いて来たのだけど……」

「今は私がこの街を治めております。弟に何か御用でしょうか?」


 ヴィーゼルが尋ねると、エリスは提げていた袋から円盤型の物体を取り出した。

 ヴィクトルが開発した掃除用のゴーレムである。

 かなり古い時期に開発されたものであるため、ヴィーゼルもその存在や使用用途についてはよく知っていた。

 

「このゴーレムについて、いろいろと聞きたいことがあって」

「……このガラクタについてですか?」

「ガラクタ? この価値がわからないの?」


 目を丸くして、心底呆れたような顔をするエリス。

 しかし、ヴィーゼルは一体何のことだかわからない。

 彼からしてみれば、うるさい音を立てて掃除をするだけのゴーレムなど何の役にも立たない代物だった。


「まあいいわ。ヴィクトル殿はどこにいるの? 兄弟ならわかるでしょう?」

「ヴィクトルはその……追放処分を受けまして……」

「はぁ!? じゃ、じゃあ他にゴーレムとかは残ってない? 物によっては、金貨百枚出しても構わない」


 エリスは胸元から小さな袋を取り出すと、ヴィーゼルの執務机に半ば叩きつけるように置いた。

 半開きになった袋の口から、大粒のルビーやサファイアなどの宝石が見て取れる。

 上級貴族であるヴィーゼルでも見たことがないような、一級品ばかりだ。

 

「こ、これをいただけるのですか!?」

「ゴーレムさえあれば」

「あります、いくらでも…………ああああっ!?」


 ここでヴィーゼルは思い出した。

 館にいたゴーレムは、邪魔くさいからとくず鉄屋に引き渡してしまったことに。

 ついさっきも、その話をしていたばかりだった。

 少なく見積もっても金貨数千枚相当の宝石が……手に入らない……!!

 ヴィーゼルは逃した魚の大きさに、絶望的な気分となった。

 それだけではない、この賢者はそれほどの大金を払ってでもゴーレムを手に入れようとしていたのだ。

 それを処分してしまったと知ったら、一体何をすることか……!


「……大丈夫?」

「その……ゴーレムは……ゴーレムはすべて……俺がくず鉄に……!」


 恐怖に震えながらも、かろうじて声を捻り出した。

 するとエリスの動きがぴたりと止まった。

 一拍の間。

 時間にして数十秒ほどのそれが、ヴィーゼルには永遠のように感じられた。

 そして――。


「何してくれとんじゃあああああ!!!!」


 エリスの魂が籠った叫びが、館に響き渡るのだった。

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