第45話 対面

「こりゃまた立派ね。下手な貴族の館よりデカいわ」


 エリスたち一行が、街に到着して小一時間。

 ヴィクトルとの面会が許された彼女らは、街の中心部にある館へと招かれていた。

 石造りの館は質実剛健とした造りで、内装の華やかさこそないが立派なもの。

 その応接室に通されたエリスと他数名は、広々とした部屋に圧倒される。


「敷かれているのはグレートボアの毛皮ですな。この大きさなら、金貨百枚はくだらんでしょう……」

「うわ、すごい! ここにも警備用のゴーレムがいるわ! 天井から吊り下げてあるのは、明り用の魔道具ね!」


 部屋にある物を見て、興奮した様子のサルマトとエリス。

 特にエリスの方は、先ほどからずっと異常なほどテンションが高い。

 普段はそれほど饒舌な方でもないのに、延々としゃべりっぱなしだ。

 その一方で、二人に荷物持ちとして同行したチリは気分が晴れなかった。


「……得体が知れない」


 チリ自身が見たように、この大樹海は魔境だ。

 そこにこれだけの街を作り、館を築き上げるなんて明らかに普通ではない。

 任務遂行に当たって最大の壁はサルマトだと認識していたが、ヴィクトル本人が一番厄介そうだ。

 加えて、先ほどから自分たちを監視している警備用のゴーレムというのも得体が知れない。

 生物ではないせいか、強さがどうにも判別しづらいのだ。

 恐らく熟達した冒険者程度だろうと当たりを付けてはいるが、読み切れない。

 この手のイレギュラーは任務の大きな支障となる。


「失礼する」


 ここで、赤髪の女が部屋に入ってきた。

 鎧を着ていることからして、冒険者であろうか。

 それを見たサルマトが、途端に目を丸くする。


「おぉ……ドラゴンの鱗ではないか……!」

「主から頂いたものです」

「そうですか、それは素晴らしい。私はサルマト、冒険者兼商人をしております」


 すぐさま態度を改め、軽くお辞儀をするサルマト。

 続いて、エリスがにこやかに話しかける。


「私は『白の塔』の賢者エリス。どうぞよろしく」

「こちらこそ。私はこのイスヴァールの街の……軍務担当をしているアリシアです」


 外向けの適当な肩書がなかったため、それっぽいことを言っておくアリシア。

 彼女はそのまま、エリスとにこやかに握手をする。


「あなたが、ヴィクトル殿を護衛していた冒険者の一人かしら?」

「ええ。ヴィクトル様は私たちのパーティが護衛していました。最近ではもっぱら、別の者が護衛していますが」

「なるほど。確かに優秀そうだ」


 アリシアの姿を上から下まで値踏みするように見たサルマトは、満足げに頷いた。

 チリもまた、彼女の立ち振る舞いを見ておおよその強さを予想する。

 ――英雄の一歩手前、面倒だがやれなくはない。

 アリシアの実力が常識の範疇であったことに、チリは一安心した。

 彼女が軍務担当ということは、恐らくは最高戦力のはず。

 これならば、ヴィクトル本人がよほど強くない限りは問題ない。


「おや、そちらの女の子は?」

「荷物持ちの子よ。身体強化魔法が使えるみたいでね、小さいけど力持ちなの」

「ああ、そうでしたか」


 エリスの説明をアリシアは特に疑うこともなく信じた。

 ――ちょろいな。

 あっさりと騙されてくれたことに、チリは内心でほくそ笑む。


「ではヴィクトル様に合わせる前に、念のため賢者の印を見せて頂けますか?」

「ええ、どうぞ」


 そういうと、エリスは無くさないようにとしまっていたブローチを取り出した。

 尻尾を噛む蛇を模したそれは、不滅の知恵を意味する賢者の証だ。

 それを確認したアリシアは、改めて深々と頭を下げる。

 

「ありがとうございました。もうすぐ、ヴィクトル様が参りますので」


 こうしてアリシアが立ち去ってから、数分後。

 今度は金髪の小柄な青年と銀髪の少女が部屋に入ってくる。


「初めまして、俺がヴィクトル・シュタインです」


 こうしてエリスたち一行は、ヴィクトルと無事に会うことが出来たのだった。


――〇●〇――


 ……すごい迫力のある美人さんだなぁ。

 白の塔の賢者を名乗る女性を見て、俺はまず真っ先にそう思った。

 とにかく目力が強くて、圧倒されてしまいそうな感じだ。

 魔法界の最高峰にいる人物だけあって、オーラのようなものがある。

 彼女は俺が自己紹介をするなり、凄い勢いで近づいて来た。


「会いたかったわ! 私は賢者のエリス、よろしく!」

「はい、こちらこそ!」


 勢いに押されながらも、差し出された手をしっかりと握り返す。

 すると今度は、エリスさんの横に立っている男性が前に出てきた。

 あれこの人、前に見たことがあるな?

 服装とか雰囲気はかなり違っているけど……。


「サルマトさんですか?」

「ええ! よく覚えておいででしたね!」

「もちろん。でも、前に食事会で見た時とは雰囲気がだいぶ違いますね?」


 前に会った時は、仕立てのいい服をパリッと着こなしていたはずだ。

 それがどうしたことだろう、今は武骨な冒険者そのもの。

 俺と会うために最低限の汚れは取ったのだろうが、装備も年季が入っている。


「元は冒険者だったのです。賢者様に同行するにあたって、現役復帰しましたがね」

「ああ、それで!」


 なるほどと手を叩く俺。

 それで、賢者様と一緒にここまでやってきたという訳か。

 目的は大方、大樹海の資源ってところかな?

 なかなかに商魂たくましいな。

 俺が少し感心していると、マキナが横から言う。


「そちらの少女はどなたでしょう?」

「ああ、この子は荷物持ちですよ」

「荷物持ち?」


 おやっと眉を顰めるマキナ。

 そして彼女は、そのまま驚くべきことを言う。


「それにしては強すぎますね。その方、レベル八十もあるのですが」


 は、八十!?

 アリシアさんよりも一回りぐらい強いじゃないか!

 小柄な少女のあまりの強さに、俺は大いに驚くのだった。

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