第55話 レベル測定
「……よし、準備完了だ」
マキナの胸元に埋め込まれている魔石。
それと演算装置との接続が完了した。
無数の配線が胸元に繋がれたマキナの姿は、どこか痛々しい。
まるで、病の治療でも受けているかのようだ。
「この瞬間は緊張します」
「意識が途切れるんだもんな。そりゃ、怖さもあるさ」
「それもありますが、私という存在の連続性について考えるのです。違う身体になった私は、果たして同じ私なのかと」
なかなか、哲学的な問いかけだった。
流石の俺もすぐに応えてやることができない。
するとここで、エリスさんが言う。
「大丈夫よ。知ってる? 生き物の身体だって、細胞って言う小さな粒で出来ていてね。それらは毎日のように新しいものと入れ替わってるの。だから、ずーっと同じ身体なんてことはないのよ」
「……流石は賢者様、いい意見ですね」
「当然よ。私を何だと思ってるの」
「良く叫ぶ技術マニアの愉快な人です」
「ありゃ!」
額に手を当てて、ひっくり返りそうになるエリスさん。
うん、確かにまったく間違ってはいない認識だな。
高まっていた緊張感が、一気にほぐれる。
「マスター、最後に一つお願いがあるのですがいいですか?」
「なに? 言っとくけど、隷属の術式を入れてくれとかは聞かないぞ」
「それはもう分かっています。ただ少し、手を握っていてはくれませんか?」
「こうか?」
横になっているマキナの手を握った。
たちまち、細く長い指が絡みついてくる。
「ありがとうございます」
「……じゃあ、いくよ」
「はい」
ボタンを押して、いよいよマキナの意識を演算装置へと移し替えようとした。
するとその瞬間、俺の身体が勢いよく抱き寄せられた。
――いったい、何が起きた!?
予期せぬ出来事に戸惑う間もなく、唇が何か柔らかいものに触れる。
それは、マキナの唇であった。
「なっ!?」
「あらら、どさくさに紛れて唇を奪われちゃったわねー」
「マキナのやつ……!」
「ちょっとぐらい、いいじゃない。すごい幸せそうな顔してるし」
からかうような笑みを浮かべるエリスさん。
彼女の指摘した通り、マキナは何とも幸せそうな顔をしていた。
頬も赤くなっていてまさに幸福の絶頂といった感じだ。
……ここまで幸せそうにされると、こちらとしても悪い気はしないなぁ。
「装置の方は……上手くいったみたいね」
「すごい……」
装置の中央に設置された魔石の輝き。
それが、先ほどまでよりも明らかに強くなっていた。
まさに命が宿ったと形容するのがふさわしい。
赤い魔石の底で揺らめく炎のような光は、まさしく生命そのものに見えた。
ずっと見ていられるというか、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
「……マスター、お待たせしました」
「あっ!!」
俺が装置の方を見ていると、いつの間にか後ろにマキナが立っていた。
新しい身体を動かして、さっそくここまで歩いて来たらしい。
外見的な変化は以前と比べてそこまでないので、こうしてすぐに現れると何だか違和感があるな。
「どう? 新しい身体は」
「非常に動きやすいです。加えて、世界に対する解像度が上がった気がしますね」
「世界の解像度……か」
「はい。恐らくは処理速度が向上した影響でしょう。以前とはまるで別物です」
「へえ……」
「いま、見た目はほとんど変わってないのに中身は変わったと思いましたね?」
にこやかに笑いながら告げるマキナ。
げ、完全に俺の思考が予想されているじゃないか!
やっぱり性能向上は伊達じゃなかったんだな。
そんなことを考えていると、さらに彼女の後ろから銀髪の少女が現れる。
「遅れました、ツヴァイであります!」
「あります?」
個性を持たせるとは言っていたが、思った以上に違うんだな。
自我は別けると言っていたが、本当に別人のようである。
姿かたちこそよく似ているが、立ち振る舞いや雰囲気などがまったく違う。
「本体と私とでは、見てわかる通り性格に違いがあるのであります。ですが能力は同じで知識も記憶も共有しているので、ご安心ください!」
「なるほど」
「あ、あと胸のサイズは本体が三センチも大きいのであります! 自分だけこっそり大きくしてて、ずるいのであります!」
「……余計なことは言わないように」
不満を漏らすツヴァイの口を、マキナの手が抑え込んだ。
その後はもがもがとツヴァイは騒ぐが、マキナは有無を言わずに黙らせてしまう。
「お見苦しいものをお見せしました」
「あ、ああ……。しかし、ほんとに意識は別なんだ」
「ええ。演算領域を分けておりますので」
マキナはそう言うと、懐から虫メガネのような道具を取り出した。
以前にも利用したレベルを測定するための魔道具である。
さっそく、新しい身体がどれほどの力を秘めているのか確認するつもりらしい。
「これで確認を」
「ああ」
マキナから魔導具を受け取った俺は、さっそく測定を始めた。
するとどうしたことだろう、何やらレンズが赤く変色し始める。
「あ、それやば……」
「わわわっ!!」
エリスさんが慌てて止めに入ったところで、レンズが割れた。
――パリンッ!!
ガラスが飛び散り、とっさに手で顔を守る。
いったい、何が起きたんだ?
俺が驚いていると、エリスさんが呆れたように告げる。
「測定限界を超えたのね。その装置だと、レベル千ぐらいが限界だから」
「え? ということはつまり、今のマキナとツヴァイはレベル千以上!? 二体になったのに!?」
「当然でありますな。むしろ、その程度の装置しか用意していなかったこちらの不手際なのであります」
「さっそく、新しいものを手配しましょう」
すぐに代わりを持って来ようとするツヴァイとマキナ。
一方、俺はその能力の高さにたちまち目を丸くするのだった――。
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