第32話 クロウラー
「皆さんは、クロウラーというモンスターを知っていますか?」
「ええ、まあ」
クロウラーというのは、草食の芋虫型モンスターである。
大きさは人間の赤ん坊ほどで、戦闘力はほぼ皆無。
そこらの村人が棍棒で殴りつければ呆気なく死ぬ程度の弱さだ。
レベルにすれば、たぶん一とか二とかだろう。
しかし、彼らの恐ろしいところはその旺盛な食欲と異常な繁殖力にある。
ひとたび発生すれば、圧倒的な大群で周囲の食料を喰いつくしてしまうのだ。
「この大樹海のクロウラーには、十三年周期と十七年周期で大発生する種がおりましてな。今年はちょうど、二百二十一年に一度、その両方が大発生する年なのですよ」
「それは厄介ですね。対策をしないと」
「ええ。加えて、クロウラーの天敵であるオーク族が数を減らしておりましてな。普通ならば大発生しても、奴らが食いつくしてくれるのですが……。今年の初めに、小鬼王との戦に大敗しまして」
それはまたなんとタイミングの悪い……。
いや、小鬼王はそれを狙ってオーク族へ攻め込んだのか?
でも、クロウラーが大量発生したらゴブリンだって食べ物が無くなってしまって困るはずだ。
「それで先ほど、ピエスタ殿が武具の材料がありがたいと言っていたわけか」
「クロウラーの駆除となると、そりゃ武器がどれだけあっても足りないわな……」
「あれはあんまり思い出したくないし……」
クロウラーの討伐経験があるらしいアリシアさんたちが、揃って渋い顔をした。
よほど大変だったのだろう、その表情からは何とも言えない疲れが感じられる。
クロウラーの群れって、ひとたび発生すると数百万単位とか言うからなぁ……。
いくら一体一体が弱くても、ほぼ無尽蔵に湧いてくるのは精神的にきつそうだ。
「それで、そのクロウラーと魔石との間にどのような関係が?」
「王国へクロウラーの侵入を防ぐ結界の動力源として大きな魔石を使うのです。もし騎士団による討伐が上手くいかなかった場合、件の魔石が国に徴発される恐れがありまして」
「それで、俺たちに売ることはできないというわけですか」
「ええ」
なるほど、そう言う理由だと買い取るのはかなり難しそうだな。
しかし、わざわざこうして話をしているということは何らかの手段で買うことができるということだろう。
そうでなければ、こんな話をするはずがない。
「どうすれば、その魔石を譲っていただけるんですか?」
「魔石を差し出す代わりに、騎士団に武具を納入すればいいのです。ただ、かなりの大きさがある魔石ですからな。武具で賄うとなると、恐らく鋼の剣が三百本ぐらいは必要になってくるでしょうな……」
深刻そうな顔で告げる主人。
……あれ、意外と大した数じゃないぞ。
三百本ぐらいなら、デメテル型をフル稼働させれば三日でどうにかなる。
「分かりました、三百本用意しましょう」
「可能なのですか!?」
「ええ。行き帰りの時間も含めて、二週間もあれば」
「それは助かります。我々としても、できれば結界で凌ぐよりも騎士団に討伐してほしいところですからな」
そう言うと、主人は俺に手を差し出してきた。
その手を握り締めると、俺はふっと安堵の笑みを浮かべる。
これでとりあえず、目的としていた物はおおよそ手に入りそうだな。
少しぼったくられた可能性もあるが……そこにはまあ目をつぶろう。
素人集団の俺たちが無事に交渉できただけでもマシだ。
「魔石以外のものについては、すぐに準備を始めさせましょう。明日には持ち帰れるようにできるかと」
「ありがとうございます!」
「いえいえ。こちらとしても利のある取引となりました」
こうして商談がおおむね問題なく終わった時だった。
不意に部屋の扉が開かれ、黒服を着た秘書のような人物が主人に駆け寄る。
「いったい何事だ? 商談中は入るなと言ってあっただろう?」
「それが……」
ひそひそと耳打ちをする男。
途端に、主人の顔から色が失われていった。
やがて彼は俺たちの方を見ると、いささか弱々しい口調で言う。
「小鬼王が再び軍を起こし、オーク族の都を攻めたそうです。それで豚人王は撤退を余儀なくされたとか」
「え、それって結構まずいんじゃ……」
「ええ。これでほぼ、クロウラーが発生する地域からオークの勢力はいなくなりました」
それはかなりまずいな……。
もしこのタイミングでクロウラーの大発生が起きれば、天敵のいない環境で爆発的に数を増やしてしまうぞ……!
そうなれば、奴らはあっという間に森中の食料を喰いつくしてしまうだろう。
早々に対策を考えなければ、手遅れになってしまう。
「まさかこんなことになるとは、小鬼王は一体何を考えているのだ……!」
「森人王は動けないんですか? これだけの事態になったら、王が出るしかないと思いますけど」
「それが……あいにく王は動けないのです。事情は申せませんが」
何か深い事情があるのか、渋い顔をする主人。
圧倒的な力を持つらしい森人王を頼れないとなると、いよいよ厄介だな。
エルフたちはもちろん、このままだと俺たちのイスヴァールも大変なことになる。
「それなら、俺たちも戦力を出しましょう。ピエスタさんに協力を申し出てきます。あと、剣の方も用意させてもらいますよ」
「ありがたい……! ですがこの状況となっては、魔石をお渡しすることはかなり難しいですぞ」
「大丈夫です。クロウラーの討伐に使う武器なら、俺たちのためにもなりますから」
俺がそう言った時であった。
横にいたマキナが、すっと俺たちの話に割って入る。
「私にひとつ案があります」
この状況にもかかわらず、全く動じた様子を見せないマキナ。
その平坦な口調に、俺は頼もしさを感じるのだった。
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