第49話 歓迎会(修正済)
「まさか、クロウラーの群れが壊滅するとはな」
小鬼王の城、玉座の間にて。
小鬼王は頬杖を突きながら、侵攻を任せたス・ログの顔を覗き込んだ。
だらけたその姿勢は一見すると落ち着いているように見えるが、その眼からは並々ならぬ殺気が発せられている。
王の怒りを察したス・ログは、人一倍大きな身体を小さくした。
「銀色の何かが虫の群れを喰いつくした……か。これの正体については、まだ調べがつかぬのか?」
「今のところは、虫のような群体としか分かっておりません。回収しようにも、残骸が土に還ってしまいましたので」
「ふむ……。エルフどもの新しい魔法か?」
王の視線がス・ログの隣に控えるメ・ナウへと向けられた。
彼は顔を伏せたまま、震える声で告げる。
「恐れながら……その可能性は低いかと。銀色の怪物が出現したのは、エルフどもの防衛線を回避し、コボルトどもの集落付近に向かった後のことでございます。やつらが仕掛けてくるにしては、タイミングが遅すぎる」
「ならばどう考える? エルフの魔法以外にあり得るのか?」
王の問いかけに、沈黙してしまうメ・ナウ。
重苦しく、それでいて今にも何かが爆発しそうな空気が周囲に漂う。
やがてそれに耐え兼ねたように、ス・ログが言う。
「も、もしかすると他の王の介入かもしれませぬ! 死霊王、魔人王あたりが怪しいかと!」
「……もうよい」
王はそう言うと、おもむろに玉座から立ち上がった。
そして脇に置かれていた大剣を手にすると――。
「ひぃっ!?」
飛び散る血、耳障りな残響。
ス・ログの首が呆気なく飛び、ぼとんっと床に落ちた。
瞬きする間もないほどの早業。
メ・ナウはたちまち腰を抜かし、情けなく失禁してしまう。
「ど、どうかお許しを……!!」
そのまま急いで姿勢を正し、懸命に許しを請うメ・ナウ。
すると王はその頬をまだ血の滴っている剣の腹で撫でた。
生暖かい血が、メ・ナウの身体を流れる。
「ウィザードは代わりがおらぬゆえ、いましばらくは生かしてやる。だが、これが許しではないと知れ」
「む、無論でございます!」
「……しかし、何が起きたのか気がかりだ。一度、トカゲどもでも焚き付けるか」
「侵略を招きませんか?」
「なに、ちょうどはぐれ者がおってな。上手く誘導してやれば、銀色の怪物の実力のほどがわかるだろう」
そう言うと、いくらか落ち着いた顔をする王。
彼はそのまま玉座へと戻ると、不敵な笑みを浮かべるのだった。
――〇●〇――
「乾杯!!」
エリスさんたちが街を訪れて、はや数日。
いろいろあって少し遅れたが、賢者様たちの来訪を祝う宴が開かれた。
街の広場に皆を集めて、用意した食事と酒を楽しむ。
なお、アリシアさんたちはエルフたちに事態の報告に行ってもらっているので今回の宴はお休みだ。
予定では、明日にでも帰ってくることになっている。
「む、これはなかなか良いワインですな!」
「この間、エルフの国に行ったときに仕入れたものだよ」
「これほどの上物、私もほとんど飲んだことがありません。うーむ、王都で売れば金貨二枚か三枚はしますな」
質のいいワインだとは思っていたが、まさかそこまでの価値があるとは。
俺がまじまじとコップに注がれたワインを見ていると、ムムルさんがやってくる。
どうやら、岩山の麓の村から駆け付けてくれたらしい。
「こんばんは、領主さま」
「こんばんは。紹介するよ、彼がこの街に新しく店を作ってくれることになった商人のサルマトさん」
「初めまして、サルマトです」
「こちらこそ。私はムムル、岩山の麓の村の長をしております」
こうして、お互いに頭を下げながら握手をするサルマトさんとムムルさん。
するとここで、ムムルさんがやや申し訳なさそうに尋ねてくる。
「……商人とおっしゃられましたが、それはどういう方なのですか?」
「ああそっか。商人ってのは、お店を経営したり物を売ったりする人だよ」
「おぉ、商売をする人なのですね!」
納得したように、ポンッと手を叩くムムルさん。
一方、サルマトさんの方はどこか不思議そうな顔をしていた。
「彼らコボルト族には、もともと商売という概念があんまりなかったんですよ。すべて物々交換でやり取りしてたみたいで」
「そうでしたか。王国でも僻地に行くとたまにありますねえ」
自らあちこち冒険しているだけに、いろいろと経験豊富らしい。
サルマトさんはほうほうと納得したように頷く。
「……サルマトさん、もしよければですけどこの街に作るお店では彼らコボルト族を何人か雇ってくれませんか? 街を大きくしていくにあたって商業は必要不可欠なんですけど、商売のイロハを教えられる人がいなくて」
「ああ、もとより人はこちらで雇うつもりでしたよ」
「おお、それはありがたい!」
これでコボルトたちも、商売の基礎を覚えることができるだろう。
ようやく、街の中で経済が回り出しそうだ。
今までは何だかんだ言って、すべて物々交換の村社会だったし。
「ところでヴィクトル様。この街の存在についてですが、世間に公開されるおつもりですか? それとも、しばらく伏せておかれるつもりで?」
「あー、そこか。もちろん伏せておくつもりだよ」
このサリエル大樹海は、名目上、隣接する国々の土地ということになっている。
すっかり忘れつつあるが、一応、俺も森の開拓を命じられてやってきた開拓者だ。
なのでこのイスヴァールの街は、形式的には王国領ということになる。
もし存在を国に報告すれば、納税などいろいろとややこしい話になるのは目に見えている。
ましてこの街には、世界でも珍しいダンジョンがあるのだ。
最悪、俺から街を取り上げて王家の直轄領にするなどと言われかねない。
王家が関与してこなくても、父上が動く可能性もある。
「それについてですが、賢者様が来られたのが少しまずいかもしれません」
「話題になってるってこと?」
「ええ。それにヴィーゼル様も、大森林で何が起きているのか実態を探ってくることでしょう」
「うーん……。面倒なことになってきてるな」
さて、どうしたものかな……。
これ以上、森の外から人を呼ばなくても森の中の魔導王国などから来てもらうという手もあるにはある。
ただ、ダンジョンを成長させるために人の出入りはたくさん必要なんだよな。
ううーん、ここは全く悩みどころだ。
「どうしたの? なんか浮かない顔してるけど」
こうしていると、エリスさんが心配そうな顔で話しかけてきた。
ここはひとつ、賢者様の知恵に頼ってみるか。
俺はエリス様に、街のおかれている事情をおおよそ説明した。
すると――。
「そんなの簡単よ。伯爵家や国が干渉してくるなら、独立しちゃえばいい」
実にあっさりとした口調でそう告げるのだった。
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