第89話 動物的に最高の相性






「…………キョウ……少し、付き合って」


 朝食にパンとパスタのどちらを食べようか考えていたら、いつの間にか隣の席で膝を抱え座ってたハガネに、ひどく物憂そうな語勢で、そう言われた。


 ――ああ、いいよ。


 用件は分からんが、取り敢えず引き受ける俺氏。

 てか、ハガネから頼み事なんて珍しい。やもすると、アルレシャで刀探しに駆り出されて以来じゃなかろうか。


 …………。

 あ。でも思い出した。今日はカルメンの店開きだ。

 二度目のストリートライブを執り行うため、その助っ人に呼ばれてた。


 どうしよう。日頃ボディガードみたいな形で世話になりっ放しな立場上、たまの頼みをやっぱり無理とは言い辛い。

 さりとて、ここでハガネを優先してしまうと、カルメンとジャッカルの俺に対する心象が悪くなる。約束したのは向こうが先だし。


 代役を立てようにも、シンゲンの奴は傭兵ギルドの仕事とか言ってピヨ丸を連れ出し、昨日から不在。

 いずれにせよ、安請け合いが裏目。なんたるミステイク。






 案ずるより産むが易し。宿の従業員さんを雇い、手伝いを任せることに。

 財布に余裕があるって素敵。マネーイズパワー。


 ――で、どこ行くの?


「…………ん……武器屋、よ」


 へえ。


 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 もしかして説明、今ので終わり?

 出かける用向きとか、俺に同伴を求めた動機とかの委細には触れない系?


 ……ま、いいや。この子の言葉足らずは今に始まった話でもなし。

 現地まで着けば嫌でも分かるよね。無問題。


 一見ふらふらと不安定な、だけれど実際は練り上げられた体幹で以て、根を張っているも同然に重心の据わった足運び。

 軽く肩をすくめつつ、そんなハガネの横に並んで、賑やかな大通りを往く。


 ――つか、ちょっと顔色悪くね?


「…………別、に」






 成り行き任せの只中、考察を巡らせるに、どうやら俺は随分と珍奇な目論見で呼ばれたらしい。


 ――じゃあ、お願いします。


「承りました。代剣の方は、並んでいるものを適当に持って行って頂いて構いませんので」


 預かり証の割符を受け取り、棚に飾られた大盾を眺めるハガネへと手渡す。

 彼女は、それを暫し掌上で転がした後、胸がきついためか肩を晒すほど崩した着物モドキの帯に仕舞った。


 ――三日くらいかかるってさ。代剣、どうする?


「…………」


 問いに対し、ハガネは何か言おうとする素振りこそ見せたものの、開きかけた唇から浅い吐息のみ零し、そのまま再び口を閉じてしまう。

 次いで、ちょうど手の届く位置にあった細いショートソードを取り、剣身を確かめもせず腰へと佩く。


 ……いくらハガネが刀剣を消耗品程度にしか捉えていないとは言え、流石に度が過ぎる投げやりさ加減。

 斯様な態度を尻目、いよいよ俺は己の推論が正しいと悟る。


 ちなみに、武器屋を訪れた経緯は至極単純だった。

 床に転がしたサーベルを鞘ごと踏みつけたせいで刃が欠けてしまい、それを研ぎへ出すため。

 言ってしまえば子供の使い。にも拘らず、わざわざ俺に共を請うた理由。


 とどのつまり――喋ることすら億劫で仕方ないのだろう。


 ――ホントに大丈夫か? 眉間にシワ寄ってるぞ。


「…………毎月、毎月……忌々しい、わ」


 唸り声じみた呪わしげな低語。二つ三つ何か呟き、帯越しに腹へと爪を立てるハガネ。

 よく聞こえなかったが、ぽんぽんを痛めておられる様子。臍でも出したまま寝てたのかね。

 小さな身体に似つかわざる化け物めいた腕力や脚力を有する猛獣ロリも、時速百二十キロで突っ込んできたダンプカーと正面衝突しようが無傷に終わるどころか相手の方こそ大惨事となる(本人談)シンゲンほどタフネスには恵まれていないと見た。


 尚、比較対象が意味不明な件は気にしない方向で。

 サイボーグゴリラだからね。なんでもありなのだ。






 ともあれ、ハガネ様の体調不良。となれば、そこは点数稼ぎに余念の無い我輩。

 適当な喫茶店に場所を移し、ゴマスリも兼ねて飲み物を奢りつつ、腹をさすってやる。

 ジャッカルやカルメン相手だったら即逮捕のセクハラ案件なれど、ハガネは十四歳ゆえセーフ。絵面的には一番まずい気もするが。


「…………? ぇ……え……?」


 しばらく続けてたら、湯気の立つマグカップを両手で持ったまま、ふと小首を傾げるハガネ。

 どったの先生。訴えるのだけは勘弁。


「…………収まった……」


 マジでか。俺すげぇな。

 今日からゴッドハンドを自称しよう。心の中で。






「ふむ、知っているかカルメン。風説俗説の類だが、自分と相性の良い異性に腹部や腰部を撫でて貰うと、生理痛が嘘のように鎮まるとか」

「どこかで小耳に挟んだことはありますね。けど、突然どうしたんですかぁ?」

「いやなんとなく。まあ、そもそもオレは生理痛自体ほとんど無いが」

「私もですよぉ」





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