第86話 客寄せ
「キョウくん、ギターとか弾けたりしませんかぁ?」
カルメンが戻った晩のこと。
もしや俺は生涯、異能という負債を抱え続ける羽目になるのではと項垂れる傍ら、何やら大荷物の支度を進めていた彼女から、唐突にそう聞かれた。
――生憎、これっぽっちも。
「ですかぁ」
首を振ると、顔文字みたいな表情でしょんぼりするカルメン。芸達者過ぎるだろ、この女。
しかし、なんでまた、いきなりギター。
ロックバンドでも組む気か。そういう突発的な思いつきを嬉々と持ち込む輩はジャッカルだけで腹いっぱいだ。
「常々考えてたんです。私の露店、今ひとつ呼び込みが弱いなぁって」
ゴザを敷く度、売れ残りゼロ。下手すれば昼前には商品完売させてる御仁が、なんか意味不明なこと喋ってる。
テコ入れって普通、商況の芳しくない店が取り組むもんでしょうよ。
「ザヴィヤヴァは露店だけでもアルレシャやサダルメリクよりずっと出店数が多いので、人目を集めにくくてぇ……完売までの平均時間が、今までより三十分近くもかかってるんです」
ほぼ誤差の範囲。意識高い系か。
で、その経営不振な商人が聞いたらキレかねない贅沢な悩みとギターに、何の因果関係が?
「ふふん。ですから私、考えましたぁ。より多くの集客を図るには、パフォーマンスも大事なんじゃないかって」
ささやかな胸を張りつつ、荷物の中から真っ黒なドレスを引っ張り出すカルメン。
「なので、試しに踊ってみようかとぉ」
装飾の多い、けれども薄地且つ細身で、ボディラインがくっきりと浮かぶだろう扇情的なデザイン。
己の容姿に自信がなければ、とても着られない代物。
――そんなの持ってたっけ?
「実家から取ってきました。私、ちょっとだけフラメンコのレッスンを受けてましてぇ」
嘘だね。ちょっとの手習いで使うような間に合わせの練習着にしちゃ、つくりが丁寧過ぎる。
絶対、専用にあつらえさせたオーダーメイド。相応の場を想定した舞台衣装。
そもそも、いくらカルメンが感性のズレた天然ボケとは言え、中途半端な腕前で衆目に踊りを披露しようなどと考えるワケ非ず。
ドレス共々掲げたカスタネットの使い込み具合も含め、かなりの巧者と見た。
「でも、流石に伴奏を頂かないと微妙にリズムが崩れるんですよねぇ。何より、音楽付きの方が盛り上がりますし」
故に楽器担当の相方を探してた、と。
残念ながら先程も申し上げた通り、俺はズブの素人。他を当たって下さい。
「キョウくんなら弾けそうだと思ったんですけどぉ……」
それ時々言われる。メッシュ入れたショートアシメとかファッションセンスとかが、なんとなくバンドマンを連想させるらしい。
ギターもベースもドラムも、実際は触ったことすら無いのにね。
尚、客寄せならピヨ丸に芸でも仕込んだ方が早いと提案したところ、散々噛み付かれた上、火まで吐かれた。保健所呼ぶぞ害獣。
見世物扱いは御免らしい。気位の高い羽トカゲめ。ハガネやシンゲン相手だと平身低頭、出世欲を内に秘めた社畜サラリーマンも顔負けのレベルでペコペコしやがるくせに。
ある意味、弱肉強食の法則に従順とも言えるけど。
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