第87話 やりたい放題






 差し当たり暇なのでカルメンに付き合うと決めた俺は、ジャッカルの下へ直行した。

 厨二病に加え、行動力満載の彼女なら、どうせ学生バンドとかやってた筈。

 そんな合理的判断に基づいた行動である。


「クハハハハハハッ! クハハハハハハハハハハハッ!」


 ジャッカルを探すのは簡単だった。宿のエントランスで一人、延々と高笑いなんぞしていたから。

 楽しいのか、アレ。夜半だと言うのに、迷惑甚だしい。


「クハッ、クハハハハハハハハハハハハハハハ……ハーッハッハッハッハッハッハッハ!」


 唖然と眺めること暫し。益々ヒートアップし始めた。

 狂気じみてやがる。でも実は週一回くらい、あんな感じになるんだよね。


 …………。

 困った。俺、あの状態のジャッカルには近付きたくないのだ。

 何故なら十中八九、悪巧みの真っ最中。迂闊に立ち入れば絡まれ、ともすると巻き込まれる。


 触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず。余計な騒動は避けるべき。

 したがって、ここは出直そう。俺達には明日がある。まだまだ若いんだから人生を急ぐ必要は無い。


「ジャッカルさーん」


 と。撤退に踏み切りつつあった俺を他所、躊躇する気配さえ見せず、周りの誰もが遠巻きに眺めるばかりな宝塚系厨二病罹患者へと駆け寄るカルメン女史。

 なんともはや、物怖じってものを知らない人だ。そして、お陰で俺も逃げられなくなってしまった。

 他者に選択を委ねた腰巾着の辛いところ。こうなれば潔く腹を括り、ジャッカルの高笑いに大した意味が無かった奇跡を祈ろう。


「おおカルメン! キョウも! 両名、良いタイミングで来てくれた!」


 輝く双眸、弾む声音。

 駄目っぽい。






 逸るジャッカルをどうにか抑え、まず此方の用件を伝えることで会話の主導権にありつく。

 ひとまず助かった。単なる時間稼ぎ、問題の先送りとも言えるけど。

 できるだけ話を長引かせて、その間に思い付いた企みを忘れてくれないもんかな。


「ふむ、伴奏か。浮遊大陸には存在しないフラメンコで客引きとは、なるほど面白い案だ」


 興味が惹かれたらしく、片目を瞑り思量するジャッカル。


「……しかし、不幸なりや。確かにオレは中高生の砌バンドを組んではいたが、キーボード兼ボーカルでな。ギターは嗜み程度。カンテの方は兎も角、奏法が独特なフラメンコを弾けるレベルじゃない」


 そこで、とひとつ前置き、ジャッカルはスマホを取り出す。

 軽く弄って何らかのアプリを起動させると、彼女の横合いに位置する空間が淡く光を放ち、波打つように歪んだ。


「私が世界の行き来に使ったうねうねと似てますねぇ」

「実際、程近い。亜空間にポケットを作成するアプリだ、生き物以外なんでも入る。これも君が戻るまでは使えなくてな、一度中身を全部出したせいで部屋が狭くて大変だった」


 やっぱりアイテムボックス的な機能も持ってやがったか。ジャッカルの奴、勿体ぶって情報を小出しにするから、未だ異能の輪郭が不明瞭だ。

 しかしホント、俺のゴミみたいな異能と取り替えて欲しい。切に。


 内容物の目録が画面表示されるのか、素早く指を動かし何か探すジャッカル。

 やがて仰々しくタップを決めると、歪んだ空間から大きな物が這い出すように現れた。


「しばらく前、衝動買いしたコンポを貸そう。CDも明日までに見繕っておく」

「わぁっ! ありがとうございます、ジャッカルさん! 試しに何かかけて頂いてよろしいですかぁ?」

「クハハハハッ! 良かろう、ではオレの手持ちのアルバムをだな――」


 やりたい放題かよ、こいつら。普通この手の道具は悪目立ちを避けるため、人前での使用を控えるものではないのか。

 色々、既に手遅れな気もするけど。


 それとなく意見を伝えてみたところ、怪訝そうにジャッカルが首を捻った。


「注目されると何かマズいのか? 元より客寄せが目的、不都合は無いと思うが」


 正論と言えば正論。

 でもね。


 ――トラブルに巻き込まれたりとか、有り得るだろ。


「望むところだ! スペクタクルこそ人生に於ける法悦、受けて立つべし! 何故コソコソする必要がある!?」


 額同士ぶつかりそうなほど間合いを詰めるな。

 目ぇ血走ってて怖い。


「第一、堂々と使った方が寧ろ怪しまれないものだぞ。後ろめたく考えるから、変に勘繰られる」


 なるほど。世の中、案外そんなもんだったりするのかね。






「そう言えばジャッカルさん、先程は何が楽しくて笑っていたんですかぁ?」


 カルメンめ、余計な質問を。せっかく忘れてくれそうだったのに。


「ん? ああ、ああ、そうだ! 実は画期的なイカサマギャンブルの天啓を得てな、ちょうど二人ほど人手が欲しかったところなのだ! どうだ君達、ひとつ乗らないか?」


 分かってたけど、やっぱりロクでもなかった。

 そして乗るワケない。犯罪計画を声高に叫ぶんじゃありません。

 ただでさえダルモン絡みで暗黒街に片脚沈んでるのに。これ以上、俺に余計な咎を重ねさせないでくれ。





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