第88話 絶世の舞姫
野外用にバッテリーを積んだ防水仕様の大型スピーカーが響かせる良質なサウンド。ハイテンポ且つ、リズミカルなギターミュージック。
フラメンコってやつを真面目に観賞するのは初めてだが……流石はスペインの複雑な歴史を背負った伝統芸能、奥深い。と、通ぶった感想述べてみたり。欧州史の知識とか精々一般教養程度。
ちなみに、コンポから流れているのは伴奏のみ。カンテと呼ばれる歌唱はジャッカル担当。しっくりくるのが無かったとかなんとか。
バンドのボーカルだっただけあって、かなり上手い。一切合切が他言語の歌詞を、よくも見事に歌いこなすもんだ。
いやスペイン語なんて全く分からんけども。そこは雰囲気的に。
…………。
そして、肝心要の
こいつに至っては、そう。
――神ってるなぁ。
目まぐるしく移ろう曲調を完全に己が物とした、芸術的なまでの舞踊。
スラヴ系、雪の妖精を思わせる容姿とは裏腹な、一挙手一投足の隅々まで籠められた熱。素人の俺でも分かる飛び抜けた技量。
色々な意味での物珍しさも手伝い足を止める通行人、そうやって寄せ集まった観客の表情や態度を見れば、渦中に立つカルメンが与えている影響の大きさも推し量れる。
誰一人、無駄口すら叩かず、ただただ感嘆と魅入るばかり。
まさしく彼女は今この時、この場に於ける支配者だった。
やがて締め括りへと向かう旋律。
一層激しく妖艶に、カルメンは踊り狂う。
咥えていた薔薇を頭上に投げ捨て、甲高い足踏みを鳴り渡らせてのフィニッシュ。
転じ、打って変わった貴族令嬢が如き所作でスカートの裾を摘み上げ、観衆へ一礼。
数拍の静寂。後、割れんばかりの拍手喝采。
ほどなく、続々と投げられ始めた硬貨で以て、俺達は瞬く間に足の踏み場を失った。
「はふぅ。久し振りに踊ったので疲れましたぁ」
飲み物片手、吐息共々溶けて行く満足気な独言。
三度応じたアンコールを経て流石に疲れたのか、宿へ戻るや否やドレス姿のままベッドに横たわるカルメン。
一方、おひねりを数えていたジャッカルが、軽く指を鳴らした。
「初日のインパクトもあったとは言え、上々の塩梅。この分なら町を出るまでの間に、あと数回は稼げそうだな」
大量の銅貨、チラホラと混ざった銀貨。
テーブルから零れ落ちそうなほど堆く積もった山。それを袋詰めし、カルメンの名が刺繍されたリボンで結び、亜空間に放り込むジャッカル。
持ち運ぶ労力も盗まれる心配も不要な金庫。昨晩その存在を知って早々、俺や他の面々も荷物及び所持金の大方を預かって貰ってる。
超絶便利。アイテムボックス最高。
「しかし、昨日の時点で腕達者と確信してはいたが、蓋を開けてみれば想像の遥か上を行く業前。後ろで歌うオレも思わず見惚れたぞ」
「ジャッカルさんこそ。カンテ、お上手でしたよ? とても初めてとは思えませんでしたぁ」
「クハハハハッ! 天才だからな!」
自分で言ってりゃ世話ない。
まあ実際なんでもできる女だ。異論は非ず。
「……ただ、薔薇を咥えながら踊るのは如何なものかと。フラメンコに対する世間の誤ったイメージを踏襲してどうするんだ」
「え? 咥えないんですかぁ、普通」
――え? 咥えないの、普通。
「君達……」
ジャッカルからスマホを借りて調べてみたところ、一般的にフラメンコを踊る際は薔薇を咥えたりしないらしい。
どころか、場合によっては経験者が機嫌を損ねかねない、馬鹿にしてると受け取られるレベルだとか。
初めて知った。
が。そもそも、その誤解が広まった原因は歌劇の『カルメン』にあるとの話。
ならカルメンがやる分には、寧ろ洒落が利いてていいんじゃないかと思った。
どうせ異世界だし。重箱の隅をつつく勢いで文句つけてくるナンチャラ警察も居ないだろ。
あいつら、ちょっとでも気に食わないことがあると凄まじいからな。姑か。
「ふむ、次の演目は何がいい?」
「バレエとフィギュアスケートも少し踊れますし、どちらかと言えばそっちの方が得意なんですけど……難しいですよねぇ」
「流石に舞台やスケートリンクの設営は許可が下りないだろうな」
踊り子のジョブでも取ってるのかよ。
難易度高そうなのばっかり習得してやがる。
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