第96話 波乱のプランニング
なんとも耳触り良い響きだが、現実は優雅と呼ぶに程遠い。
兎角、寒いのだ。高度と反比例して低下する気圧、自動車並みの速度が齎す強風。当然、飛空船のような防護シールドなど無いため、相当に着込まなければ夏場だろうと凍死する。
しかも不安定。常にしがみ付いていなければ、数千メートルを真っ逆さま。怖過ぎ。
そこでジャッカルが解決策を考えた。まあ一番文句言ってたし。
ワイバーンは成牛四頭を掴んだまま、三日三晩不眠不休で飛び続けられる。先日、二枚目を引いたカードに書いてあった。
その強靭な馬力とタフネスを活かし、
四人掛けのソファテーブル、二段ベッド二組、水洗トイレ、シャワールーム。他にエアコンや冷蔵庫など生活家電一式も備わった、キャンピングトレーラーを改造した移動拠点。
加えてシンゲンが取り付けた水平維持装置により、三十五度までの傾斜を均してくれる優れ物。尚、電源はジャッカルのスマホ。
ぶっちゃけ、そこらの宿に泊まるよか快適。浮遊大陸の文明レベルを鑑みたら、やり過ぎとすら言える。
いいけど。
「うーむ。事情は分かったがよぉ、帰って早々に出発とはな。夜逃げだってもう少し余裕がありそうなもんだ」
対面式のソファを片方占領し、なんとはなし呟くシンゲン。
テーブル越しにジャッカルと掛けていた俺は、喉元まで迫り上がる言葉を、どうにか飲み込んだ。
こんなに急いでザヴィヤヴァを出た理由の半分は、アンタが宿の扉を壊したせいで居辛くなったからだよ、と。
「あとジャッカル、乳首透けてるぞ。ブラどうした」
「壊れた」
言いたいこと全部言っちゃう人だな。
つかジャッカルも、せめてインナーシャツ着ろよ。夏本番到来で暑いのは分かるが、だったら先にコート脱げや厨二病。
――紅茶で良かったか?
「今の俺様ウォッカな気分。トロトロになるまで冷やしたやつが飲みてえ」
神妙に頷くシンゲンを尻目、冷凍庫から出した赤ラベルの大瓶を投げ渡す。
水感覚で酒飲む蛮行、控えた方がいいと思う。
――ほい。
「ありがとう、キョウ……さて諸君。予てよりの危惧が、いよいよ現実のものとなりつつある」
一方、受け取った紅茶を舐めた後、数枚の方眼紙が広げられたテーブルを、トントンとペンの先で叩くジャッカル。
予てよりの危惧とは言わずもがな、カルメンのこと。
「遅かれ早かれ、此度のような事態は起こると踏んでいた。妲己然りクレオパトラ然り、美女は人を狂わせる。かの有名な赤壁の戦いも女が原因で始まったしな」
ああうん、三国志演義で読んだ。
でも流石に創作だろアレ。内容あんまり覚えてないけど。
「嘗てカルメンを守っていた地位も立場も、異世界までは届かない」
ハガネ共々ベッドで眠る彼女を見遣り、ジャッカルは小さく舌打った。
「しかし、だからと泣き寝入りなど御免被る。薄汚い手が伸ばされる都度、逃げ回るのも論外甚だしい」
さりとて、権力者相手に暴力で刃向かうのは愚策。十中八九、自分達が咎を着せられる側となる。
なら、どうするか。どうすべきか。
「名声が要る。功績が要る。国の重鎮すら、オレ達に尻込みするほどの」
後ろ盾を探すより分かりやすい、と続く台詞。
や、まあ確かに、そいつができれば一番でしょうよ。でも、そんな簡単に運ばないのが人生ってもんだろ。
名声だの功績だの、欲しがったところで軽々とは掴めんよ。普通。
「差し当たり三つ、手早く名が売れるプランを考えた。全部やろう」
事も無げ、淡々と告げるジャッカル。
そうでした。彼女、普通じゃありませんでした……なんて、少々ワザとらしい物言いか。
この悪知恵無双の口八丁手八丁が俺達に話題を振った時点で、腹案を温めていないワケあらずってな。
「手始めにシンゲン。ハガネもだが――君達を、特級傭兵にする」
――ところでアンタ、さっきから何の図面引いてんだ?
「クハハハハッ! まだ内緒だ!」
室内に響き渡る上機嫌な高笑い。
正直、嫌な予感しかしないんですが。絶対ロクなもんじゃねぇぞ。
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