第66話 男たるもの
落ち着こう。取り敢えず落ち着こう。
で、今の段階で分かってる情報を整理しよう。
まず時間。腕時計を売り払ったら思いの外に不便だったもんで新しく買った懐中時計によると、午後の十時過ぎ。浮遊大陸の一日も二十四時間で良かったよホント。
それはいいとして。いくらこいつが安物でも、攫われる数日前にジャッカルのスマホと合わせたばかり。実際の時刻とのズレなんて、精々一分にも満たない程度の筈。
つまり必然、分厚い木板の向こうに居る相手は、よっぽどの非常識か火急の用件か、いずれにしろ喜ばしくない客って寸法になる。
更に、更にだ。ドアを叩いてる奴は、ここまで一声すら発してない。
ノックはこの剣幕なのに、おかしいだろ。
仮にダルモンが倒れたとかで報せに来たなら、その旨を叫ぶくらいする。
この段階で、もう既に、まともな用とは考え難い。
…………。
つーか、ぶっちゃけダルモンの正体がバレたんじゃね?
で、本人は捕まったなり隠れてるなりの真っ最中。そんな傍ら、標的さん達は当然グルと見るべき俺を抑えにやって来た次第、と。
あっはっはっは、ちょーウケる……なんて笑えるかボケ!
あんの痴女、よくもミスりやがったな! まだ確定したワケじゃないけど!
「げへへへへっ、居るのは分かってんだぞぉ? てめえの嫁さんは今頃お楽しみだぜ。パーティ会場まで連れてってやるから、さっさと出てきなぁ!」
御丁寧にありがとさん。お陰で確定しちゃいました。しかも捕まったのかよアイツ。
窓の鎧戸、閉めといて良かったわ。
「オラ開けろぉ!」
しかし、どうしたもんかな。
出入り口は塞がれ、窓からの脱出も不可能。ドアを叩く勢いは増す一方で、破られるのも時間の問題。
あ、今ヒビ入った。
――荷物荷物、と。
第一よしんば捕まらずに家を出られたところで、囚われの身であるダルモンの居場所が分からない。
そう考えると、自ら捕まった方が彼女と合流できる可能性は高いだろう。必然、少しくらいは救出の手立ても増える。
当然の如く拘束を受ける上、多少の暴行は覚悟しなければならないが。
――あー、アイツどこだって言ってたっけ……。
また扉に大きく亀裂が奔る。選択の時間は、あまり残されていなかった。
とは言え。選ぶべき道筋など、最初から決まってるけれど。
男は度胸だ。
――お、あったあった。
ベッド脇、部屋の片隅。ほんの僅か、床板に浮かぶ継ぎ目を探し当てる。
台所の包丁を差し込んで持ち上げると、ぽっかり空いた暗闇が。
有事を想定し、用意された抜け穴。
ランプに灯りを点し、奥へ続く縄梯子が掛けてあるのを見付けた俺は。知らず口の端を吊り上げながら、拳を握り締めた。
――よし、逃げるか。
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