第73話 踏んだり蹴ったり
もっと早く、正答へと辿り着くべきだった。
いや。この場合、分かっていたところで手遅れか。
本来なら猟師さえ踏み入らない森深くに棲まう魔物達。
しかし稀に村の近辺まで現れ、人畜を襲うこともあるという。
俺が浮遊大陸で最初に見た魔物。双頭蛇尾の獣オルトロス。
虎に並ぶ体躯を有し、一頭で武装した兵士五人を蹴散らす屈強な怪物。
それが少なくとも、確認できるだけで六頭。
完全に、囲まれていた。
今日の俺、本気で天中殺。
なんか悪いことやったっけか。うん、暗殺の片棒担いでた。
「チッ……しくじったな」
忌々しげに舌打ち、立ち上がるダルモン。
切り替えの早さは見事だが、顔色を窺うに状況は最悪の様子。
――駄目元で聞くけど、勝てそう? 若しくは逃げられそう?
「どちらも無理だ」
わーバッサリ。泣きたい。
「森のオルトロスは平地で戦うより手強い。
む。今ひとつ気付いた。魔物の名を呼んだ際、ダルモンの口の動きが明らかに『オルトロス』じゃなかった。
どうやら種族名みたいな固有名詞も、先んじた認知が固まっていた場合、それを当て嵌める形で翻訳される模様。
考えてみれば、地球の神話に登場する怪物と似てるからって、名前まで同じとか有り得ないよね。
「逃げを打つにも、この立ち位置では望み薄。元より獣の足に敵う道理も無いが」
とまあ、束の間の現実逃避。気を取り直すとしよう。
少しだけ落ち着いた頭で思い出す。こっちにはオッサンから奪った銃があることを。
派手に一発かませば、蜘蛛の子でも散らすみたいに逃げるんじゃなかろうか。
「現れたタイミングを鑑みるに、先の戦闘も観察済みだろう。エアバレットが一度に多面を攻撃できず、連射も利かない武器だと間違いなく理解した筈。一頭を撃てば、同時に残り全てが襲ってくる」
……ねえ、ちょっと。
せっかく奮い立とうと頑張ってるのに、人の意気を挫くような発言ばっかり、やめてくれない?
「選べ」
なんだ突然。この非常時に得意の一択クイズか。
「二人揃って食われて死ぬか。その前にナイフで仲良く心中か」
選べ、と繰り返される。
とうとう一択ですらなくなったよ。どっちも嫌に決まってんだろ馬鹿か。
「情けない顔をするな。死の訪れは往々に突然で、おしなべて理不尽なものだ。平等に不平等な順番が、私達に回ってきただけの話」
潔すぎ。でも強がりっぽい。肩さっきより震えてるし。
いっそ泣き叫べばいいものを、筋金入りのへそ曲がりめ。お陰で俺まで喚くに喚けず迷惑だ。
「どうせ死ぬなら……せめて昨日、私を抱いておくべきだったな。こんな傷物の身体でも、冥土の土産くらいにはなったろう」
冗談めかした調子で力無く呟き、儚げな微笑みと共に俺の手を握るダルモン。
駄目だわ、完全に諦めムード漂ってる。アクション映画の修羅場とかで死を覚悟した男女のワンシーンかよ。
参った。少なくとも、ダルモンに現状を打破する手立ては無い様子。
実に参った。彼女に妙案さえあれば、俺がこうやって頭を悩ませず済んだのに。
…………。
しょうがない。ああ、しょうがない。
事ここに及んで、選り好みを差し挟める余地は非ず。
なら――俺がどうにかする以外、無いだろう。
――ダルモン。
「?」
使いたくなかった。アレだけは。
でも覚悟を決めなければ。俺も、きっとダルモンも、まだ死にたくはないし。
晩飯を抜いてたのが、せめてもの救いと言えば救い。
――十七秒、稼げるか?
口の中に込み上げる苦味と酸味を堪えつつ、そう尋ねる。
ダルモンは首を傾げたけれど、やがて「問題ない」と短く返した。
良かった。無理とか言われたら罪だった。
これで、あとは本当に、俺の心持ち次第だ。
――頼んだぜ。
さあ。忌まわしき
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