第69話 狩りの時間
手早く洞窟を抜けると、さっき見た連中の内でも下っ端と思しき二人が見張りに立っていた。
俺達に気付き、しかし声を上げるよりも先、ダルモンが一瞬で仕留めてしまう。
ナイフで喉をひと突きと、頚椎が砕ける威力の延髄蹴り。サイハイブーツの爪先に鉄板でも仕込んでるのかよ。
怖っ。怒らせないようゴマスリしとこ。
――お、お強いっすね。流石っす。
「皮肉か? まともに戦えば、お前は私より軽く数段……あの桃髪娘に至っては、万策尽くしたところで相手にもならないだろう。正面戦闘に於ける我が身の力など、たかが知れてる」
微妙に不興を買ってしまった。女心難しい。
そして身内にこそ真の怪物ありけり。だけど人ならざるものはノーカンでも神様はお許し下さると思います。
尚、無論のこと再会後はハガネにも媚を売っておく予定。
主に身の安全のために。まさかの誘拐なんてされちゃったし。
我が活動方針『いのちをだいじに』と結構かけ離れた概念だよね、誘拐。
ちなみにシンゲンは大雑把過ぎてボディガードに向かないから却下。
ところで、ハガネって何すれば喜ぶかな。毎日肩揉みとかどうだろ。
あの巨乳だもの。絶対、肩凝り持ちの筈。
相手の数は、俺達が知る限り総勢七人。
うち六人。即ちメインの標的であるオッサンを除いた全員、一顧だにもせず狩って行くダルモン。
強い。と言うより、巧い。
相手の五感の間隙を縫った接近、意識外からの奇襲、確実に急所へと叩き込まれる致死攻撃。
身体能力自体は俺と大きく変わらないどころか、ふた回りは劣るだろうにも拘らず、荒事慣れしたアウトローを、こう容易く。
重ねて、殺人への躊躇が全く無い。殺すと決めたら、ただ殺している。呵責も悦楽も抱かず、当たり前のように淡々と。
きっとダルモンにとって、特別なことでもなんでもないのだ。日本のケチな不良とは、そこら辺から次元が違う。怖過ぎ。
……あ。あと、例のノーモーションでナイフを突き出す技の仕掛けが分かった。
隠すほどの手品でもないってんで、本人が教えてくれたんだけどね。
呼気と吸気が入れ替わる刹那。瞬きに費やす四半秒。心臓が次の鼓動を打つべく縮む六徳。
そうした、生物であれば必ず存在する律動と律動の間に生じる空白、盲点が重なった瞬間を利用し、寸分違わぬタイミングで一撃を差し挟んでる、らしい。
…………。
言ってて意味不明。んなもん、狙ってできる芸当なの?
こちとら、まずその律動と律動の間とやらが見分けられないんだが。
まあ、うん。確かに隠す必要非ず。ネタが割れたところで、ほぼ無意味。
死なない限り、消せない隙なんだし。
「こっちだ。真新しい足跡が残ってる」
僅かな痕跡を辿り、早足で森の奥へと進むダルモン。
この暗い中よく分かるもんだな。
「チッ……あまり北側には行きたくないんだが」
――何か都合の悪いことでも?
「
穢気。ジャッカルに聞いたことがある。確か、魔物を生む温床みたいなものだったか。
マジかよ。もし、ワクワク森林公園で遭遇したようなのが一匹でも出てきたら、俺達即死じゃん。
「……とは言え小規模。加えて源泉は、もっとずっと奥。こんな手前までは滅多に出ないがな」
念のため警戒だけはしとけって話ね。了解。
生い茂る枝葉の隙間から差す月明かり、星明かりを頼りに進む俺達。
ふむ。
――どうでもいいがオッサンの奴、なんでこっちに?
「大方こちらに商品があるんだろう。捕らえるべく手下を向かわせた筈のお前が突然現れたもので、不安を感じ確かめに……なんてところか」
なるほど。他に誰も連れてないみたいだし、ぽいな。
「探す手間が省けた、お前の功だ。悪くない」
意図せぬ偶然を褒められても反応に困る。悪い気はしないけど。
「……近いな」
心なしか歩調を緩め、声を潜めるダルモン。
そして、そんな彼女の呟きに応えるかの如く。
何か、破裂音が身体の芯を突き抜け、静かな森の一帯に響き渡った。
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