第94話 酒は飲んでも呑まれるな
「ふえぇ? ジャッカルしゃん達、近くに来てたんれすかぁ?」
「君らが途中で店を変えて見失うまではな」
立て続け三杯引っ掛けた頃合い、目に見えてカルメンの呂律や振る舞いが怪しくなり始めた。
どうにも彼女、アルコール類は弱いらしい。
まあ、酒は飲めないと前に自分で言ってたし。
「んゅ~、デバガメは悪趣味れすます~」
「む。まるまる同じ苦言、キョウからも呈されたな」
「あははははははっ! あははははははははははははははっ!!」
「そこまで爆笑される台詞だったか、今の……?」
白い肌を酒気で赤らめ、青い瞳を蕩かせ、からころと笑う。
常とは異なる種の色香を纏ったカルメンに、そこかしこから寄せられる男達の視線。
一方、渦中の彼女に絡まれているジャッカルは些か辟易気味。
どちらかと言えば人を困らせる側の暴走特急厨二病が及び腰とは、レアな光景だ。
「あははははっ。ねージャッカルしゃん、ちゅーしましょ? ちゅー」
「なんなんだ藪から棒に。こら、やめろ、オレにソッチの気は無い!」
新事実発覚。カルメン女史、酒が入るとキス魔。
酔っ払いの相手は大変だな。頑張れ。
「ふうぅ……や、やっと寝た……」
四半刻にも亘った攻防の末、すぴすぴ寝息を立ててテーブルに突っ伏したカルメンと、肩を上下させつつ安堵するジャッカル。
正味、目のやり場に困る戦いだった。周りの男連中も手に汗握ってたし。
「まさか、こうも酒乱とは……起きたら禁酒令を言い渡さねば……ああくそ、ホックが壊れてる。気に入りのやつなのに」
崩れた襟元、いつも羽織ったままの季節感皆無なコートを整え、二言三言と毒づくジャッカル。
それを俺は対岸の火事とばかり、頬杖ついて眺めていたが――思いもよらなかった行動に、炭酸水を噴き出しかける。
なんと。器用にも服を着たまま、本人のイメージとかけ離れた総レース仕立てのブラだけ抜き取り、併せて虚空から引っ張り出したラジオペンチで金具を直し始めたのだ。
何考えてんの。公衆の面前だぞ。
――部屋で、やれよ。
「案ずるな、どうせ見せブラだ」
そういう問題じゃねぇ。
「第一この手の品は、まだ浮遊大陸に存在しない。見られたところで、如何な用途の代物かなど分から――む。キョウ、ここ押さえてくれ。やりにくい」
ほんの数十秒前まで使ってたものを、平然と触らせるな。
せめてハガネに頼め、ハガネに。
「…………すやぁ」
駄目だわ。いつの間にか寝てやがる。
「あ、ヤバ」
しかも金具折れたよ。
「クハハハハッ! 全く、下着くらいで可愛い奴め!」
俺の反応が琴線に触れたのかどうか知らんが、上機嫌に身を寄せてくるジャッカル。
ええい、ノーブラのくせ薄っぺらいワイシャツ一枚で纏わりつくな。
透けてるんだよ、微妙に。桜色がさぁ。
「心配だな君は! 心配だな君は! いつか変な女に騙されそうだな!」
大きなお世話だ。
「よーし分かった! オレがひと肌脱ごう! 女の扱い方を教えてやる、勿論ベッドの上でな!」
なんか、とんでもないこと言い始めたよ、この人。さては此奴も大概酔ってるな。
気持ちだけ受け取っとく。少なくとも学生の間は、不純異性交遊に手を染める気ありませんので。
当方、減量と節制は得意なのだ。
「…………むにゃ……うるさい、わ」
と。喧騒が煩わしかったのか、緩々目覚めるハガネ。
今更起きたところで遅いぞ。俺は最早、辱めを受けた後だ。
「…………すやぁ」
いや、また寝るんかい。お前ホント、いつもいつも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます