第114話 どいつもこいつも常在渦中






 ――生きてて良かった。


 平和な現代日本では中々味わう機会の無い、命のありがたみ。

 五体満足に慚愧の森を抜けた俺は、今まさに、強くそいつを噛み締めていた。


「むぉぉぉぉ! 暴れ足りん、暴れ足りんぞぉぉぉぉッ!!」


 折角の感動が台無しだよ。


 なんか向こうで見知った白髪褐色サイボーグゴリラと羽トカゲが喚いてるけど、関わらんとこ。他人のフリ他人のフリ。

 ほら、知り合いと思われて噂になったら恥ずかしいし。俺はプレイヤーがコントローラーぶん投げるレベルで攻略困難な男。


「クハハハハッ、クハハハハハハハハッ! 礼讃せよ礼讃せよ、オレこそ令和のカラミティ・ジェーン也! リュドミラ・パブリチェンコでも可!」


 おうふ。手に負えないのが増えた。

 カラミティは名前くらいなら知ってるけど、リュドミラて誰。






 あのテンション爆上がり状態のシンゲンとジャッカルに絡まれては面倒だったため、戦略的撤退を図らせて頂いた。

 三十六計逃げるに如かず、一回休んで六マス進む、困った時のバックステップ。旧約聖書にも書いてある。

 読むどころか触ったことすら無いけど、旧約聖書。新約と何が違うのさ。


 閑話休題それはともかく


 紅く揺らぐ太陽が、遥か彼方の稜線に溶け始めた夕刻。

 早朝、森へと踏み込んだ各什伍は、続々、陣の張られた平野に帰還しつつあった。


 何せ夜は魔物の時間。奴輩どもの領域に留まるなど自殺行為。

 依って征伐は日中のみ執り行われ、今日と同じ流れを三日間繰り返した後、壁まで引き上げる段取り。


 ……心なし、数が減ってる。怪我人も些か目立つ。

 幸い俺の什伍は犠牲者も負傷者も出なかったが、明日や明後日は、どうなるか分からない。

 怖過ぎ。


「くそっ!」


 特に目指すところもなく歩きながら、深く考えるほど気が滅入る思案に耽っていたところ、悪態の横槍。

 振り返れば、つい先頃に森から戻ったばかりな様子の、返り血か己の血かも分からぬ赤と泥で汚れた傭兵数名。

 いきなり大声出すんじゃありませんよ、心臓に悪い。寿命縮むわ、具体的には七秒くらい。


「俺のせいだ! 俺が目を離しさえしなけりゃあ!」

「お、落ち着けって……まだ、彼女が、し……死んだと、決まったワケじゃ……」


 腑を吐き戻さんばかりの悔恨に塗れた、痛ましい慟哭。

 慰める側が紡ぐ口舌も、勢いあるものとは言い難く。


「……慚愧の森に単身踏み込んで、骸とならず戻った者は数える程度だ。今頃は、もう」

「馬鹿、黙れ! 余計なんだよ、お前はいつも!」


 敢えて聞き耳など立てるまでもない、筒抜けの会話。

 要するに、仲間の一人が所在不明らしい。


 くわばらくわばら。俺、生きて戻れてホント良かった。

 ありがとう、この世界の神様。名前うろ覚えだけど。


「ッ、やっぱり俺ぁを探しに戻るぞ! ランタン寄越せ!」


 ――ん?


「戻るったって……あと半刻もすりゃ完全に夜だぜ!?」

「尚更だ! 今なら、今ならまだ間に合うかも知れねぇ!」


 気炎吐き散らし、闇の色が濃くなり始めた魔の巣窟へ引き返さんとする傭兵氏。

 それを押し留めようとする者。賛意に傾く者。どう動くべきか逡巡する者。

 喧々囂々、しっちゃかめっちゃか。ああいうのは他人事でいられるうちが華なんだなって、しみじみ思う。


 …………。

 ところで皆々様。カルメンなら、さっき向こうで会いましたが。

 珍しい蝶を捕まえたと、はしゃいでた。

 すっげー毒々しい模様のやつ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る