第115話 戦場のロマンス
「ね、ねぇっ……!」
晩飯は牛丼と天丼どっちがいいか悩んでたら、聞き慣れぬ女声に呼び止められた。
果たして誰かと思えば、森で一緒だった射手さん。
世間的には珍しい部類の女性傭兵。年嵩は俺より少し上、カルメンと同じくらい。
だが首に提げる
通常、傭兵ギルド登録から中級昇格まで最短三年、平均六年はかかることを考えれば、結構な有望株と言えるだろう。
論俟たずウチの埒外どもは比較対象外、無視の方向で。話がややこしくなる。
とまあ、それはさて置き。射手さんと向かい合った俺は、小さな違和感を覚えた。
暫し彼女を眇め、その正体に気付く。
別れた時と格好こそ同じだが、小綺麗になってる。染み付いた血臭死臭や硝煙を誤魔化すためか、香水の匂いも。
近くに水場は見当たらないけど、一体どこで服の汚れを拭ったのやら。
――えと。俺に何か?
緩く編んで胸元に垂らした緑色の髪を摘んだ、所在無さげな立ち姿。
おずおず此方と視線を重ねる、森で垣間見た覇気や凛々しさが嘘のような佇まい。
でも正直、今の方が男受け良さそう。
容姿も飛び抜けて美人なワケではないものの、例えるなら野花を想起させる形貌の持ち主だし。
謂わば等身大の素朴な可憐さ。なんだかんだ、クラスで三番目か四番目に可愛い女子が一番モテるよね。
尚、俺は学年で六番目の美男子と、反応に困る微妙な評価を頂いておりました。
ソースは元カノ。付き合って五ヶ月目、こっち来る幾らか前フラれた。
理由なんだっけか。あぁ、都合四回ほどセックスの誘い断った所為だわ。
そりゃ、悪いとは思ったさ。勿体ない、とも。
思ったが、詮方無し。人並みに興味こそあれ、未だ親の庇護下たる学生に過ぎぬ分際。
リスク冒すなら、せめて自分自身で最低限の責任が取れなきゃね。
「……が、とう」
などと転々する心慮に脳のリソースを傾けていた折。卒然、射手さんが頭を下げてきた。
どったの先生。
「その……お礼、まだ言ってなかったから。助けてくれて……守ってくれて、ありがとう」
…………。
別に好きでアンタの盾役を請けたワケじゃねぇよ。
最も面倒な後ろの見張り。危機察知能力及び反射神経が肝要な、不意打ちの対処。
目が良くて身軽かつ攻撃力も高いという理由で回された、おありがたい役割。
魔物は賢い。大抵、先制で遠距離武器の使い手を潰しに動く。
必然、俺が射手さんを庇う機会も増える。それだけの話。
そも第一、他に行動の余地など無かった。
女に手を上げる男と、女の窮地に大なり小なり身体を張れぬ男は、誰からも信用されない。
座布団顔負けの勢いでオフクロ様の尻に敷かれた、親愛なるオヤジ殿の教え。
ああなりたいとは全く思わんが、その言い分には頷ける。
ああなりたいとは全く思わんが。
もし射手さんを雑に扱おうものなら、什伍内での俺への評価は地に落ちてた筈。努めて避けるべき愚行だ。
じゃなければ誰が、あんな恐ろしいゴブリンと戦ったりするもんか。
本当なら『にげる』コマンド十六連打しとるわ。
「貴方、強いのね」
いえ強くはないです。ノミの心臓と呼んで下さい。
暴力反対、ラブアンドピース。
「実を言うと、最初いい気はしてなかったの。突然メンバーが変更、しかもギルドの人間ですらないなんて……って」
だよね。当たり前だね。
が、そこに関しちゃ、文句はドタキャンした奴等にどうぞ。
無責任な輩も居たもんだ。
「……えっと」
口籠る射手さん。
話題にお困りの様子。俺はエアーリーディング検定準三級持ち、加えて気遣いのできる男。
明日以降のこともある。親睦は深めとくべき。
一緒に晩飯でも如何かと誘ってみた。
「あ、え、あの……わ……私で、良ければ……」
鉄火丼食べたい。
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