第84話 鍵の番人
十重二十重に響き渡る、薄ら寒い太刀音。
隣室の客が「うるせえってんだよブッ殺すぞマジで!」と乗り込んで来るレベルで近所迷惑甚だしい不協和音。せめて角部屋で良かったわ。
粛々と頭を下げ、しばらく散歩にでも出てくれるよう頼んでおいた。
俺の肩越しに元凶のハガネを見たら、血相変えて逃げて行ったけど。
のべつ幕無し。絶えず途切れず、どれだけの時間、太刀音が続いただろうか。
鼓膜の奥、三半規管まで突き刺さる断末魔じみた硬質な悲鳴。
それが、ふつりと静まり返ったのは。いい加減に吐き気を覚え始めた頃だった。
「…………ふぁ」
強く耳鳴りの残る中、ぼやけて聴こえる小さな欠伸。
俺には振るわれる切っ先すら殆ど追えなかったサーベルを暫し弄んだ後、銀色の剣身を眼前へと翳したハガネ。
そのついで、ずっと宙を跳ね回っていた石を、一瞥もせず空いた方の手で掴み取る。
首尾は、と言うと。
「…………日が暮れるまで、斬り通しても……無駄、ね」
チェーンから外したペンダントトップ――アンロックキーには、傷ひとつ見当たらない。
あれだけ延々とハガネの剣戟を受けたにも拘らず、全く以て信じ難い話だ。
「…………やっぱり、こんな……オモチャみたいな、サーベルじゃあ……」
研いだばかりと思しき、僅かな毀れも窺えぬ薄刃。
籠められる力も乗せられる剣速も、ここが限界。まさしく性能の天井。これ以上を強いたところで、得物の方が壊れてしまうだけ。
かぶりを振りつつハガネはそう呟き、サーベルを鞘へと収めた。
価格二金貨。西方連合でも広く名の知れた職人が鍛ったという、現に
俺から見ても綺麗な、そこらのナマクラとは一線を画す剣だと思う。
しかし、ハガネに言わせれば他よりマシな程度の及第点以下、と辛口評価。
まあ、装備者に更なる武力を与えてこその武器。にも拘らず、手加減に手加減を重ねガラス細工のように扱わなければ素振りもままならぬとは、確かに本末転倒。
口数少なく当人が述べるに、本気か冗談か、五分の力も発揮できないとの談。使い潰すつもりで振るえば多少は話も変わるそうだが、次を探す面倒に加えて相応の金もかかるため、無闇に壊すのは避けたいらしい。
いずれにせよ、武器への繊細な気遣いなどという馬鹿馬鹿しい行為はストレスが溜まると吐き捨て、苛立ちを湛えた赤い瞳で腰の物を睨む猛獣ロリ。
怖っ。
「…………精々……鉄くらいまでしか、斬れない、わ」
なんだろ。耳の調子、まだ悪いのかな。
今、明らかに刃物で斬れたらおかしい物質の名前、聞こえた気がする。
何やらアテが外れてしまった他力本願計画。
いや、そうは言っても実のところ、シンゲンもハガネも周りへの被害を考えなければ壊せると仰られておりましたけれど。そんな真似させたら、俺達の両手が後ろに回っちゃうものね。犯罪ダメ絶対。
そこで、だ。賢くてカッコいいキョウくん、つまりKKKたる俺は方針を変えることにした。
名付けて『壊せないなら頑丈な箱に仕舞えばいいじゃない作戦』だ。知らずジャッカルあたりの薫陶を受けていたのか、我ながら冴えた妙案だ。これにはアントワネットさんも脱帽間違い無し。
要は一旦破壊を諦める代わり、万一アンロックキーを狙う不届き者が現れた際、奪取不可能な状況を作ってしまおうと考えた次第。
とどのつまり、如何なる策を弄したのかと言うと。
「む。洒落た首飾りだなハガネ、そういうのオレも欲しい。どこで買ったんだ?」
「…………キョウが……くれた、わ」
別名『奪えるもんなら奪ってみやがれ作戦』。
これで終末時計の進みは大幅に遅れ、数十年ほど平和が保たれるだろう。
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