第83話 旧き負の遺産






 臨死体験、及び些かの犠牲を伴った末、食の悩みが解決へと至った翌日。

 さりとて苦厄は続け様に押し寄せるもの。俺は次なる問題に頭を抱えていた。


 素泊まり十銅貨の安宿ゆえ割り切っているけれど、お世辞にも寝心地が良いとは言えない木製ベッド。

 カルメンが戻り次第、通販でエアマットを買おうと決めてるそれに、渦中の品を放る。


 先週のフリーマーケットにて手に入れたペンダント。

 古い銀無垢のチェーン。見付けた際は酷い黒ずみに覆われていたため、ほぼ捨て値だった。

 ジャッカルから借りたシルバークリーナー使ったら綺麗になったけど。文明の進歩って偉大。


 とは言え、正直なところ鎖の方はどうでもいい。トップが肝心なのだ。


 小指ほどのサイズにカットされた角柱の石。透けて見える内部には複雑怪奇な模様が描かれ、暗がりへと持ち込んでようやく気付ける程度、淡い明滅を繰り返している。わー綺麗。


 ……さて、取り出したるは工具一式。

 ペンチ、金槌、ノコギリ、ドリル、名前が分からない何か。これも全部ジャッカルから借りた。

 所持品の多い女だ。でも、その割に大荷物を背負う姿とか一度も見たこと無いのは何故。

 どうせスマホの不思議アプリか、或いはピヨ丸の首輪みたく物を縮めるなり空間を拡げるなりする旧時代の遺産とか使ってるんだろうけど。便利過ぎ。


 つか、ノックス盗賊団の一件然り、悪用すれば齎される被害は計り知れない、浮遊大陸の現文明を遥かに凌ぐロストテクノロジーによって産み落とされた遺児たち。

 斯様な危険物を条件付きとは言え個人所有が許される探索ギルドへの加入なんて所業、ジャッカルの奴ホントどんなイカサマじみた手を使ったのやら。

 本人に聞く気は無いけど。迂闊に首突っ込んで非合法だったら困るし。


 …………。

 そんじゃま、ボチボチ始めるとしますか。






 駄目。全然駄目。もうお手上げ。


 様々な工具を駆使し、隣室の客が「うるせえぞ!」と壁ドンしてくるレベルで臨んだにも拘らず、一切を跳ね除けられた。

 歯が立たないとは、まさしく今の俺をこそ指す言葉。人間の非力さ、愚かしさ、延いては愛しさと切なさと心強さ、骨身に沁みたよ。

 後半関係ねぇわ。


 閑話休題。

 ペンダントを可能な限り人目に晒さず済ますため、できれば俺一人で始末をつけたかったが、固執は良くない。無理なものは無理とハードルを下げる判断も、時には必要。

 妥協って人生で四番目くらいに大切だと思うの。なんなら三番目にランクインでも良し。


 なので素直に応援を呼ぼうと決めました。

 幸いウチには暴力と暴虐の権化みたいなのが二人も居るからね。どうとでもなるだろう、きっと。

 ビバ他力本願。仲間こそ最高の宝。






 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 参った。まさか、シンゲンでも壊せなかったとは。

 曰く「小さ過ぎて上手く力が入らない、せめて両手で掴めるサイズなら」との談。

 にしたって、鉄骨を膝蹴り一発で折るようなクリーチャーの握力でも曲がりすらしないとか、見た目は水晶に近いくせ硬過ぎだろ。材質なんなんだ。


 兎にも角にも、これで残る頼みの綱はハガネのみ。

 宿の屋上、物干し場の片隅で丸くなって眠る彼女を見付け、揺り起こす。


 ――ハガネ。起きてくれ。


「…………むにゃ……寝てない、寝てない、わ」


 此奴、なんで毎度の如く寝てないと言い張るんだろうか。


 くしくし目を擦り、いつもと同じ感情の読み辛い半眼で俺を見上げるハガネ。

 寝てばかりの代わりに睡眠自体は浅いのか、起きるの早いんだよね、この子。


「…………なに?」


 ――ちょいと、お前さんに頼みがあるのさ。


 これ斬ってくれ、と続けながらペンダントを差し出す。

 揺れるトップの石へと注がれる視線。やがてハガネは眉間に薄く皺を寄せ、怪訝そうに尋ねてきた。


「…………なんで?」


 そりゃあマドモワゼル。この石こそが、現存する旧時代の遺産に於いても最大であり最悪の兵器、今も西方連合上空のどこかを走ってる飛空船ウエスト号こと嚮導駆逐艦ミシェーラの全兵装に施されたセーフティを一括解除するため必要不可欠なアンロックキーだからだよ。

 三大最強種の魔物だろうと百万人以上の兵力を擁する大国だろうと蹴散らす、平和という概念のおよそ対極に位置する核弾頭みたいな存在だからだよ。


 事と次第では、巡り巡って大陸全土を巻き込む戦争の撃鉄すらも落としかねない特異点。

 故に今のうち、何の因果か恐らく現状世界で唯一あの船、いや艦の実態を知る俺の手に滑り込んできたコイツを闇へと葬り、終末時計の進みを遅らせようというラブアンドピースな企てでありますよ少佐殿。


 などと馬鹿正直に話せるワケもないので、適当に言葉を濁しておいた。

 ハガネは長話に付き合わせると居眠りを始めるため、割と簡単に誤魔化せた。





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