第82話 デッド・オア・アライブ
俺って男は、失敗ばかりの道行きを進んできた、全く以て下らない、馬鹿なガキだ。
水面を目指す泡のように浮かぶ数多の記憶を追想、垣間見ながら、つくづくそう思う。
自分の意見を正しいものと疑わず、頑なに主張し続けた挙句、異物扱いを受けクラス単位で村八分とされた小学生時代。
学年でも評判高い美少女だった同級生に彼氏が居るとも知らず、衆人環視の中で告白アンド玉砕。残りの学校生活が苦行どころか荒行と化した中学生時代。
そして――ちっぽけな己を選ばれた人間と自惚れ、ありもしない才能を過信し、結果、支払う羽目となった手痛い代償。
愚かしくも人一人に生涯付き纏う傷を負わせ、そこでようやく我が身の庸劣を悟った、今年の夏。
続々と蘇る、在りし日の情景。
いずれも苦い、苦過ぎる過去ばかり。忘れたい出来事ほど強く焼き付いて残ってしまうのだから、ヒューマンって不便。
お陰で、あの時ああすれば、この時こうしていれば……そんな、普段は考えないよう努めてる今更なんの意味も無い後悔と自己嫌悪が、ふとした瞬間、寄せては返す波の如く込み上げてくる。
…………。
つか、ここどこ?
色取り取りの花が咲き誇った、覚えの無い平原。
そよ風に混ざってクスクスと耳朶を撫でる、楽しげな笑い声。
辺りを望むと、近くに川が見えたので、取り敢えず向かってみる。
重い鎧でも脱ぎ捨てたかの如く、不自然なほど身が軽い。
岸へ立つ。川底の石が数えられそうなくらい透き通った水。
けれども触れてみれば流れは速く、氷のように冷たく、重ねて川幅も向こう側が霞むほど広く、とても泳いでは渡れそうにない。
この先を目指さなければと、そんな気がするのに。
どうしたもんか。頭を悩ませていると、何やら古めかしい意匠の立て看板に貼り出されていた渡し舟のチラシに気付く。
文字通りの渡りに舟。ラッキー。
……と、喜んだのも束の間。
チラシの末尾へと刷られた一文が目に留まり、元来た道を戻ることにした。
渡し賃、金貨六枚って。舐めんな。
――はっ!?
胸を衝く圧、指先まで伝う痺れに揺さぶられ、意識を取り戻す。
何故か炊事場の片隅で横たわり、皆に囲まれていた。
「キョウ……! 良かった、目を覚ましたか!」
俺の身体からAEDの電極パッドを剥がし取り、安堵の表情を浮かべるジャッカル。
え、ちょ、待て。何があったの?
「大丈夫か? 具合はどうだ?」
起き抜けで思考が定まらぬ中、心配そうに問うてくるシンゲンの手を借り、半身起こす。
ひとまず気分は悪くない。強いて言うなら、舌の感覚が妙に鈍いくらいか。
あと頭。テーブルの角にぶつけたみたいに痛い。
立ち上がろうとすると、珍しく憂い顔のハガネに制された。
「…………駄目、よ……倒れる時、机の角に……頭、ぶつけてる、もの」
みたいどころか、そのままズバリだった。改めて確認したら、包帯巻かれてる。
しかし倒れたとは。AEDの件も含め、益々穏やかに非ず。
「…………どこまで、覚えて、る?」
暫時。只今シンキングタイム。
最後の記憶……となると、ハガネの料理を頂いた場面か。
献立は、おにぎり三つ。一瞥の時点で禍々しさを前面に押し出していたシンゲン謹製と打って変わり、ほぼ満点の見た目に騙され、口いっぱい頬張るなどという軽挙妄動を犯した俺氏。
食べて驚愕、
塩だろうが普通、おにぎりには塩。しかもベタに間違えたとかじゃなく、意図的な選択だってんだからタチ悪い。
あまつさえ具に至っては、それぞれタバスコ、練り辛子、柚子胡椒。甘味との相性最悪な、そもそも食材と言うより調味料に類する刺激物ばかり。以前ハガネがステーキにジャムかけて食うところを目撃していなかったら、流石に嫌がらせを疑った。
常識考えろ、プラスチック以外なんでも貪る超絶味音痴の悪食娘が。
…………。
で。その罰ゲームを、どうにか乗り越えた後……。
――はて?
面妖。そこから先、倒れるまでの経緯が、丸ごと抜け落ちてる。
思い出せない。より正しくは、思い出そうとする度、奇妙な寒気に深い思考を邪魔される。
不思議な話もあったもんだ。そして、もう考えんとこ。その方が利口だと俺のゴーストも囁いてるからな。
「……よお、ジャッカル」
「恐らく本能的な自己防衛が働いたんだろう……食べ物以外は入れてないし、以前の失敗を踏まえ、ハガネに味見もさせたんだが」
「…………割と美味しかった、わ」
あ、ちょうちょ。
ちなみに、此度の一件が荒療治と呼ぶべき効果を齎したのか、俺は普通に飯を食えるまで回復した。
でも、おにぎりとハンバーグは嫌いになった。
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