第50話 異能解放・アイスエイジ
「キョウくん、どうしたんですか? お腹でも痛いんですかぁ?」
死が目前に迫ってるってのに、カルメンは相変わらず呑気だ。
まあ俺も、一周回って叫ぶ気にすらなれないんだけどね。
――今のうちに辞世の句でも詠んどく?
「え? どうしてですぅ?」
――俺達が奴に喰われて死ぬからだよ。
力無く告げ、襲いかかるタイミングを見計らっているらしいレイクサーペントを指差す。
やだなー、胃液とかで溶かされてる最中に意識とかあるのかなー。だとしたら最悪だなー。
あっはっはっはっは……笑えねぇ。
「……? なんで私達、あの子に食べられちゃうんですかぁ?」
なんでって、当然の帰結だろ。
後ろの石扉以外に出入り口は無い。隠れられるような場所も無い。援軍も期待できない。
こんな状況で、空腹の怪物を相手に、どう生き長らえろと。
「倒しちゃえばいいじゃないですかぁ」
何を意味不明なこと言ってんだ、この天然お嬢様。
戦うとか論外だろ。ここには戦闘力マルチーズ五匹分のアンタと秋田犬三匹分の俺しか居ないんだぞ。
ワイバーンと比べれば数段劣るとは言え、それでもレイクサーペントを討伐する際には完全武装した一個小隊級の戦力が求められる。
要は勝ち目なんて完全なゼロどころか、羽虫の抵抗にさえならない。つか、そもそも人間が一対一で勝てる魔物なんて、どっかの怪物コンビを除けば普通はゴブリンみたいな最下級の雑魚くらいだ。
俺よりずっと頭の良いカルメンが、まさか、そんなことも知らないとは言うまいに。
「……あ、あ、そうでしたぁ。そうそう、まだ誰にも言ってませんでしたねぇ」
双方の認識に根本的な食い違いを覚える中、思い出したように手を叩くカルメン。
そして――信じ難い言葉を口にした。
「実は私、とっくに使えるんですよねぇ。
………………………………。
……………………。
…………。
――デジマ?
まだアルレシャに居た頃、解析アプリによって存在が判明した異能。
しかし肝心な使い方が分からず、数日で検証を諦め、最近では半ば意識外にあったそれ。
――使えたって、え? いつから?
「ジャッカルさんが私達のステータスを解析された日のうちには、ですねぇ。ただ特に使う機会もありませんでしたので、お伝えするのもそのまま忘れてましたぁ」
天才かよ。いや天才だったわ。
――アレを倒せる力なんだな?
「ふっふーん。ちょちょいのちょい、ですよぉ」
ささやかな胸を張って告げるカルメン。なんて頼もしいんだろう。
やはり俺以外の面子は全員ひと味違うぜ。状況が許すなら胴上げしたい気分だ。
――じゃあ先生、お願いします。
「任されましたぁっ♪」
揚々とカルメンが前に踏み出る。
獲物の接近に興奮したのか、レイクサーペントは大きく身を屈めた。
明らかな攻撃の予備動作。本能的な恐怖に足がすくむ。
一方でカルメンは何とも思っていないのか、構わず歩み寄る。
「実数入力」
その瞬間が訪れたのは、七歩目のあたり。
「侵食範囲指定、及び領域内侵食率設定――完了。
バネの如く巨体を弾かせたレイクサーペント。
洞穴も同然の大口を開き、巨体にそぐわぬ凄まじい勢いでカルメンへと襲いかかる。
「『アイスエイジ』」
喰われる間際。カルメンが呟いた、何故か妙に深く耳朶の奥へ染み渡った言葉。
同時。ほんの刹那、僅かな間、周りの景色が地平線の彼方まで続く氷河に変わったかのような錯覚を、あまりにもリアルに感じた。
「ふふっ……」
全て凍り付いていた。
大人の腕より太く鋭利な牙がカルメンの喉笛に触れる手前で固まったレイクサーペントも、地熱で茹だった温泉も、壁も床も天井も、全て全て全て。
何もかも悉く、時間すら静止したかの如く。
…………。
当然、俺も。
「適当に凍らせたのでスケートリンクとして使うのは難しいでしょうけど、こういう無秩序な氷面も綺麗ですねぇキョウく――きゃあっ!? 抑えに抑えたつもりだったのにキョウくんのところまで侵食が届いちゃった、ごめんなさい大丈夫ですかぁっ!?」
大丈夫なワケあるか。
早く助けてくれ。
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