第51話 なにはともあれ
カルメンの標的は前方のレイクサーペントであったため、後方に居た俺は僅かな余波で体表が氷に覆われただけ。身体の芯までは凍らず済んだ。
故、そこら辺の石ころで叩き割らせ、どうにか事無きを得る。でも死ぬかと思った。
そうした紆余曲折こそあったものの、本命本題であるところの汲み上げ装置を調べた俺達は、首尾良く稼働停止の原因を突き止める。
と言うのも、半ば想像の範囲内。やはりあのレイクサーペントの仕業。奴が暴れたせいで水中のパイプが破損し、湯を汲めなくなっていたのだ。傍迷惑な害獣め。
装置そのものが停まった理由は、空転防止の非常機能が働いたため。
なので、大本は至って正常。再起動をかければ問題無い。
あとは簡単だった。ジャッカル達の到着を待ち、怪物コンビに凍った地底湖を掘り進ませ、汲み上げ装置の脇に積んであった予備のパイプと破損部分とを交換するだけ。元々この手の仕事に就いてたシンゲンが本領発揮し、五分足らずで終わった。
また、氷は半日あれば勝手に地熱で溶けて元通り。レイクサーペントの亡骸も無事撤去。水質検査の結果、毒で汚染された形跡も無し。
これで明日には温泉街も営業再開できる筈。ハヤック氏の低迷気味な支持率も、迅速な対応を評価されて多少は持ち直すだろう。
万事解決。良かった良かった。
「さあ、キリキリ吐けカルメン! 隠し立てすると君のためにならんぞ!」
ひと通り作業の済んだポンプ室こと地底湖に、ジャッカルの大声が響く。
糾弾を受けるカルメンは、困ったように笑いながら、彼女と向き合っていた。
「えぇっとぉ……」
喧騒の理由。言うに及ばず異能関連。
未だ発動条件の片鱗すら掴めていなかったジャッカルは、とっくに使えたにも拘らず黙っていたカルメンに対し、大層ご立腹の様子であった。
「別に意地悪で言わなかったんじゃないですよぉ? 忘れてただけで……」
「嘘だ! ピンチの時に颯爽と披露する気だったんだろう! 誰だってそうする、オレだってそうする!」
しないよ。ひとまず俺は。
「ズルイぞ自分ばっかり楽しいオモチャを手に入れて! さあ、発動条件を教えるんだ! オレにだけ、こっそり!」
「ええぇ……」
こんだけ喚いて、こっそりも何もないだろ。ジャッカルって時々バカ。
あと、悪いが俺は二人で汲み上げ装置を調べてる時、既に教えて貰った。まだ試してないけど。
ともあれ、厨二病の癇癪には逆らわない方が得策と判断したのか、言われた通りジャッカルの耳元で異能解放の方法を囁くカルメン。
しばらく放っておこう。見てるだけで疲れるから。
「…………キョウ……寒い?」
と。俺の腕の中に居るハガネが、淡々と尋ねてくる。
じっと此方を見上げる赤い眼差しは無機質で、いつも通りな思考の読み取り辛さ。
……いや。もしかするとコイツ、そもそも何も考えてないのかも知れない。
食うか寝るか戦うか。今までの言動を振り返ると、そういう生物的な欲求以外が、普通の奴より薄いように思える。
だからどうしたって話だけど。
――少し良くなった。お前、体温高いな。
「…………そう」
薄皮一枚だけとは言え凍結した俺は、やっと氷が溶け始めたばかりな地底湖の環境も合わさり、低体温症を起こしかけていた。
なのでハガネを抱き締め、暖を取らせて頂くことにしたのだ。火を焚こうにも燃やせるものが見当たらなかったから。
ちなみに人選は消去法。ジャッカルとカルメンはあの有様だし、シンゲンみたいな筋肉ダルマと抱き合うなんて絵面、誰も得しないし。つか絶対ヤダ。
選択の余地があるなら女の子相手を希望するのは、男の性ってもんだろう。
「なーキョウ。この蛇って美味いと思うか?」
――魔物の血肉は猛毒だよ。特にソイツは寄生虫タイプの別な魔物を体内で飼ってる場合も多いから、もし食べたら酷い目に遭うってカードに書いてあった。
運びやすくバラバラに砕いたレイクサーペントの一片を眺めながら向けられたシンゲンの問い。
それに応じると、耳聡く聞き付けたジャッカルが駆け寄ってきた。
「キョウ! 君、レイクサーペントのカード持ってるのか!? 交換してくれ!」
あっちこっち忙しい女だな、全く。
喋るのも億劫だったため、欲しけりゃ後でくれてやる、と適当に返しといた。
「約束だぞ!」
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