第106話 星降る夜明け
防壁を築く主な建材は、真っ白な硬石だ。
一滴の血飛沫すら浴びていない白亜の鉄壁こそ不落の象徴、とはウィキを参照したジャッカルの談。
実際は汚れる度、徹底的に掃除してるらしいけど。聞けば『壁洗い』なんて専門の職業もあるとか。
……でも正直、そこまで几帳面に磨かなくても良かったと思う。
何故なら、白い壁をスクリーン代わりに映画観ようとするアホが現れるから。
「サウンドがイマイチだな。音源足すか」
視線を手元に落としもせずスマホを操作。
縛った使い方しかしないくせ、習熟自体は日に日に煮詰まってやがる。
「んー。ホラー系洋画のすぐ死ぬカップルってよぉ、なんでこうセックスがわざとらしいんだろうな?」
ポップコーン片手、壁一面に投影された濡れ場を、首傾げ眺めるシンゲン。
何故と聞かれたところで
「……あら? この俳優さん、こっちの世界に私達が来る少し前、麻薬所持で捕まってませんでしたかぁ?」
小賢しくも某有名作品のタイトルとニュアンスを被せた、低予算B級ホラー。
チープ極まる内容に早くも飽きたのか爪を磨いてたカルメンが、その整った指先で、映画内にてギャーギャー喚き散らす三分後くらいに殺されそうな男を指す。
いや、誰よコイツ。
「…………すやぁ」
そして最近、俺の膝で寝るのが趣味なハガネ。
カルメンと一緒のベッドに入るのは嫌がるのにね。逆だろ常考。
「ところでキョウ。オレは最近、我々五人に共通する四つのパーソナリティを発見した」
クソ退屈な映画観賞会終了。でも
故、出した際の逆回しで道具を亜空間に仕舞ったジャッカルが、次の暇潰しにか珍妙な話題を振ってきた。
……共通点? こんな、いっそ感心するくらい纏まりの『ま』の字も見当たらん個性派集団に?
あるワケねーだろ。取り分けハガネとシンゲンに至っては本来レイドボス級、百人単位の討伐隊を組んだ上での袋叩き前提なワイバーンが
ぶっちゃけ、同じ霊長類かどうかも相当怪しいわ。
「聞いて驚くな。オレ達全員三月生まれで、オレ達全員AB型で、オレ達全員両利きなのだ」
あったよ。驚き桃の木。
でも俺、生年月日だの血液型だの誰かに教えたっけか。記憶に非ず。
別にいいけど。
――最後のひとつは?
「
言われてみれば、確かに。
カルメンは背中に翼、シンゲンは肩に炎、ジャッカルは腿に蜘蛛。
で、俺は手首足首に鎖。取り立てて深い意味は無い。単なるオシャレと、ちょっとした自戒だ。
――ん? 待てよ、ハガネは?
寝穢いコイツの肌に刺青なんて無いぞ。何度か裸を見てるから知ってる。
ついでに脚が痺れてきたので、そろそろ退いて欲しい。
「彼女は舌だ。大字で『玖』と」
舌て。何それ、すっごく痛そう。
もしやハガネが異常に味音痴なの、そいつが原因なんじゃ。
…………。
眠い。凄まじく眠い。
やっと地平線の端が明るくなってきた。気がする。目ぇ開かない。
もうホント、兎に角、眠い。
「クハハハハッ! 以前の緑閃光といい、つくづく珍しいものが目白押しだな異世界は! ほらキョウ、ハガネも起きろ!」
ウトウト微睡んでいると、鼓膜の奥に突き刺さるハイトーンボイス。加えて激しく身体を揺さぶられ、半ば夢心地より引き剥がされた。
寝かせてくれと懇願する気力も湧かず、重い瞼を擦り、上だ上だとジャッカルが煩いから仰いでみれば――絶句。
未だ漆黒の夜天を駆け巡る、千紫万紅の流星群。
――すっげ。
一挙、目が覚めた。眠気など忘れ、ただただ魅入る。
「東の果てに真紅の旭日、西の空には宝石を撒いたが如き夜這い星! なんと幻想的な光景か!」
「壮麗ですねぇ……」
「感動だ! きっと俺様、この景色を生涯忘れないぞ!」
「…………むにゃ?」
遠足当日の子供も引くレベルで早起きさせられた苦労を埋めて余りある報酬。
まるで、これから始まる征伐への祝福のようだった。
「とは言え! カプリコン領一帯に於いて、古来より流星群は不吉の象徴だがな!」
台無しだよ、ジャッカル。
尚。流星のひとつが隕石へと転じ、ちょうど俺達目掛け降ってきた時は、冗談抜きに死を覚悟した。
「ブロォォオオオオオオオオッッ!!」
シンゲンがパンチ一発で粉々に砕き割り、助かったけど。
……直径十メートルくらいあったのに。
「がははははっ! 人間に不可能は無い!」
アンタを人間判定したら駄目だろ、絶対。
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