第105話 戦支度






「しかし暑いな……服が肌に貼り付く……」


 天高く坐す太陽を仰ぎ、ワイシャツのボタンを緩めたジャッカル。

 やはり、さっきまでのパリピ節による体力消耗が激しい模様。因果応報。


「冷やしましょうかぁ?」


 掌上で小さくダイヤモンドダストを渦巻かせ、提案するカルメン。

 同時、半ば条件反射的に背筋が震えた俺氏。寒いの嫌い。


「……気持ちだけ貰おう。君の異能それは些か効きが強い」


 解放段階を表出フェイスに留め、出力も最大限抑えてさえ、水が凍る冷気。

 直接浴びて涼むには過ぎた代物。真夏に凍死など、縦しんば怪談話だとしても二流だろう。


「コート脱げよ。ちったぁマシになんだろ」


 と、シンゲンから中々の妙案。

 でも残念。そんなこと、ジャッカルだって百も承知の筈。


「笑止! マストアイテムだ、これは! 例え裸になろうと脱ぐものか! 触るなスケベ!」

「いや触ってねぇし」


 ほらね。だけど流石に全裸コートはどうかと。

 もういっそ、保冷剤でも仕込んどけば?






 この炎天下に加え、高い壁に挟まれてるためか、全然風が吹かない。

 ジャッカルも辛そうだし、ひとまず陽射しが落ち着くまで避難すべく、カフェらしき構えの店に入った俺達。


「らっしゃい! 武器専門店『太った猫の手』にようこそ!」


 愛想良い出迎えの声。

 でも、なんか思ってた内装と違う。

 表の看板、ティーカップの絵じゃなかった?


「おっと、お客さん方! その顔、さては当店の看板に物言いですな? かーっ、これだからシロウトさんは!」


 やれやれ、と己の額を叩く店主。

 腹立つなコイツ。


「いいですかい、武器屋とは戦士が次の戦場へ赴く前に訪れる休憩所みたいなもんでさぁ! つまり戦う者にとっての喫茶店と呼んでも過言ではないって寸法!」


 過言だよ。


「ほーう、そんな考え方もあるのか。俺様、目からシラコ」


 納得すなシンゲン。しかもウロコだっつの。

 目から白子とか、考えただけでキモいわ。


「分かって頂けますか! ええ、そもそも武器屋はですね――」


 賛意を得て調子に乗ったらしく、益々熱弁振るう店主。

 真剣に拝聴するのも馬鹿馬鹿しい。聞き流しつつ、店内を見渡す。


 ……随分、こざっぱり片付いてる。

 まあ当然か。何せ鍛冶屋も文字通り悲鳴を上げる繁忙期。大方の目ぼしい品は既に売れてしまったのだろう。

 棚や壁を疎らに飾るのは、あまり見栄えしないものばかりだった。


「…………ふぁ」


 ふと横合いを窺えば、退屈そうな半眼。

 どうやらハガネも、俺と同じ意見の様子。


「…………?」


 が。おもむろに手を伸ばし、埃被った短剣へ触れた瞬間。彼女は目を丸くした。


 さりとて、無理からぬ話。

 墨でも塗りたくったような色合いの、薄汚れた刃。


 それが一転、艶めかしい白銀の光沢を帯び始めたのだから。


「おお? お嬢さん、お目が高い! そいつは一角獣って魔物の角を特殊な薬液に十日間浸し、磨り上げた売れ残……オススメの逸品! 御覧の通り処女が持てば美しく輝き、おまけに強度と斬れ味もアップ! 北方じゃあ貴族令嬢の嫁入り道具に人気の魔具マグですぜ!」

「純潔証明のリトマス紙か。なんて嫌なアイテムだ」


 ぼそりとジャッカルが呟く。身も蓋も無い。


「…………ん」


 その傍ら、変貌した刃を指先で撫ぜるハガネ。

 やがて彼女は軽く、無造作に、ひとつ空を薙ぐ。


 そして。振るった軌跡の延長線上に鎮座する、五歩は間合いを詰めねば切っ先など届かぬ筈のテーブル。

 分厚く頑丈な天板へと、数秒遅れて一本線が奔り――ヤスリがけしたかの如き滑らかな割れ口を晒し、真っ二つに崩れた。


「へ……?」


 聞いてもいない蘊蓄を滔々と語っていた店主が、間の抜けた顔で言葉を詰まらせる。


「確かに、すげー斬れ味だな」


 いやシンゲン、多分違うと思う。刃物の鋭利さ云々で、普通こうはならん。


「…………くふっ」


 口の端を釣り上げ、ハガネが笑った。激怖。

 返す刀で着物モドキの帯にナイフを差し、代わりに硬貨が詰まった麻袋を、放心中の店主へ投げ渡す。


「…………買う、わ」






 時に、あの淡く燐光纏った剣身。妙な既視感を覚えるんだが、何故だろう。


 …………。

 あ。思い出した。


 ダルモンの使ってたカランビットナイフ。アレと同じ色だわ。





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