第104話 企ては準備が大事






 長時間の正座で足が痺れて辛い。


 正味、何故俺まで説教食らわねばならなかったのか疑問。とは言え腰巾着はぶら下がってる相手と一連托生なので、これもやむなしか。

 人生どんな選択を採ろうと、甘い汁ばかりは啜れないものである。


「ふうぅ……やめた。やはり過度な陽キャは疲れる」


 一方、叱責など馬耳東風。無駄に洗練されたアクションで、サングラスと眼鏡を入れ替えるジャッカル。

 やっと飽きたか。たっぷり三時間以上あのノリに付き合わせおって。疲れたのはこっちだよ。


「ああ、そうだ諸君。良ければ今から鍛冶屋に行かないか? 何種類か金属が欲しくてな」


 ――金属を何に使う気だ。


「クハハハハッ!」


 胡乱げに尋ねたところ、笑って誤魔化された。

 絶対ロクでもないこと企んでるぞコイツ。






「このクソ忙しい時期に板金を売れだぁ!? 帰れ帰れ!」


 熱気立ち込める屋内。鉄を鍛つ音に被さり、胴間声が響く。


 峻厳な眼差しで此方を睨み上げる、髭面の男性。

 小柄だが腕や胴は太く、みっちり骨と筋肉が詰まっている。なんともはや、まんま俺の思い描くドワーフを体現したみたいな人だな。


 ちなみに、浮遊大陸にはドワーフもエルフも居ない。獣人に類する種族は在るとの触れ込みなれど、お目にかかったことは未だ一度も無い。

 気候だか環境だか思想だかの理由で、大陸南部に殆ど全ての人口が偏ってるらしい。

 いつか会ってみたいもんだ。


 ……と、そんな話はさて置き。


「ふむ。この規模の鍛冶場なら、ここに書いてある量くらい、すぐ出せる筈だが?」

「征伐に参加する国軍連中が納期手前で注文数を割増しやがったんだ! お陰で作り置きの板金かき集めても足りるかどうかの有様よ、売れる分なんぞ一本もねぇ!」


 ジャッカルが差し出したメモ用紙を払いのけ、忌々しげな舌打ちと共にテーブルを殴り付ける髭面のオッサン。


 成程納得。そういう事情なら致し方あるまいよ。

 残念だったねジャッカルさん。どんな悪巧み抱えてるか知らないけど、まあ今回は縁が無かったってことで。


「売ってくれ。どうしても今、欲しい」


 食い下がんな。諦めろや。


「分かんねぇ奴だな!? 売らないんじゃなくて売れねぇんだよ!」

「勿論、其方の苦労も重々理解させて頂いた。故、オレも誠意を示そう」


 芝居がかった痛ましげな嘯き――次いで、二十枚近い金貨を、土肌が剥き出しの床に景気良くばら撒いたジャッカル。

 誠意とは一体。


「ひゃっほう大金だー! ぐへへへへっ、負けましたよダンナ! 秒で持ってきますんで、ちょいとばかり待っとって下せぇー!」


 いみじくも這い蹲って残らず金貨を拾い上げ、すっ飛んで行ったオッサン。

 なんだろう。彼が一種、頑固で職人気質なイメージの象徴的存在であるところのドワーフに似てた所為か、ひとつ夢が壊れる音を聞いた気がした。


 ――てかジャッカル、アンタ流石に無茶だろ。


 本来なら諸々銀貨二枚程度だろうインゴットを、その千倍の値で買うとか。

 二十金貨。やもすれば人間一人が生涯食べて行けるデタラメな額だ。俺の全財産を軽く上回る。

 いくらなんでも、財布に大打撃の筈。


「別に構わん」


 けれど、ジャッカルはと言えば涼しい顔。

 その根拠は、直後の台詞で明らかとなった。


「稼ぎの手立てなど無尽蔵、簡単に増やせる。それに、どうせ、まだ五千金貨くらいあるし」


 …………。

 金貨が五千枚。

 即ち、日本円換算で、二百億から三百億。


「ん? いや待て、八千だったかな? 一万二千? 忘れた、最近数えてない」


 開いた口が、しばらく塞がらなかった。

 そして決めた。彼女に一生ついて行こう、と。





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