第129話 賭け事はほどほどに






 南方五大国で主に流通してる通貨は、西方連合及びオフィウクス聖国で使われている金貨銀貨銅貨とはだいぶ様式が異なる。


 と言うのも四種類の貨幣があって、それぞれのレートが物凄く分かり辛いのだ。


 まず一番下がティセン貨。こいつが十三枚で一オバール。

 次にオバール貨十七枚で一ジルバ。ジルバ貨十九枚で一ドゥラクマとなる。

 つまり二二一ティセンで一ジルバ、四一九九ティセンで一ドゥラクマ、三二三オバールで一ドゥラクマ……いや、ややこしいわ。何これ、南方の人間は全員数学者かよ。


 正直なんでこんな切りの悪い数字で単位が上がって行くのか理解に苦しむが、そういうものだってんなら文句を垂れても仕方ない。


 ちなみに西方通貨との両替は銅貨五枚で二ティセンだったから……えーと。


「いらっしゃいませ。ドリンクをどうぞ」

「ああ、ありがとう。チップだ、取っておくといい」

「え……えぇ!?」


 ああ。つまりジャッカルが今ウェイターに握らせたドゥラクマ貨十枚で、だいたい九金貨ちょっとくらいになるのか。西方連合なら四人家族が都市部で九年以上暮らせる額。


 …………。

 俺の中のチップの概念が壊れそうだ。


「クハハハハッ! では諸君、俺は軽く情報収集に行って来るから各自楽しんでくれ! シンゲン、カムヒア!」

「お? おー」


 一瞬で飛んで来たこのカジノの支配人らしき男に案内され、シンゲンを引き連れて奥のVIPルームに消えて行くジャッカル。

 流れるような、美しくすらある流れ。ナシラでの一件といい、ああやって余計な手間を省けるからこそ彼女は大金を集めているのだろう。

 いくらなんでもバラ撒き過ぎな気もするけど、それが原因となって起こるトラブルもハガネかシンゲンが居れば即解決だし、割と理に適った行動なのかも知れない。






 さて。ジャッカルには楽しんでくれと言われたものの、生憎俺はギャンブルってやつが好きじゃない。

 が、土地勘も無い街を一人で歩き回って迷子になるのも困る。何せロカロカは今まで訪れたどの都市よりも広いのだ。


 なので皆が遊び終わるまで、数オバール分だけ交換したカジノコインをジャラジャラさせつつ、適当に店内をうろつくことに。


「んー、これは赤の六番ですねぇ」

「翼のマドモアゼル! どうか私も乗らせて頂きたい!」

「お、俺も! ここまで七回連続的中、アンタ本物だぜ!」


 向こうでは肩にピヨ丸を乗せ、ルーレットをやってるカルメンの姿。

 程なく八回目の連続的中に歓声が上がり、超豪運のハイローラーと店側に判断されたのか、彼女もまたVIPルームに通されて行った。






「走れ! ダッシュだぁシャミセン号! 今月の養育費はお前にかかってるんだべ!」

「頼むネコナベー! 負けたら地下労働施設行きなんだー!」


 なんか一等に民度の低い一角があるなーと思って覗いてみたら、競馬ならぬ競猫の真っ最中。

 レースは十六匹立て。黒板のようなボードに賭け金の倍率なんかが細かく書いてあって、一番不人気な猫に至っては、なんと単勝千倍だった。


「コタツデマルクナルはやっぱり駄目か……シャレで一枚だけ買ったんだが……」

「そりゃそうだろ、十八歳の老猫だぞ」


 そんなのにレースさせるな。動物虐待じゃねぇか。

 ……あれ。よく見たらを手に喚く観客の中に見慣れたピンク髪が。


「…………」


 レースも佳境に入りつつある中、ふと一瞬だけ瞳に剣呑な光を宿すハガネ。


 その瞬間、最後尾をよぼよぼ歩く老猫以外の十五匹が、泡を吹いて気絶した。


「な、なんだ!? 今、物凄い寒気が……!?」

「そんなことより見ろ! コタツデマルクナルが勝ったぞ!」

「オラの養育費がー!」


 阿鼻叫喚が轟く中、粛々と着物モドキの帯に挟んだ猫券を受付に突き出し、数十ドゥラクマ相当のコインをトレイに積み上げるハガネ。

 いいのかアレ。インチキじゃないのか。






 ふらふら歩き回って周りを観察するにつれ、やっぱギャンブルなんてロクなもんじゃねーなと再認識する俺。

 が、店に入っておいて何もゲームをしないのも客としてどうなんだと考え、すぐ終わりそうなのを一回だけやろうと探していたら、妙なコーナーを発見。


 ──スロットマシン……?


 ポツンと一台のみ置かれた、カラフルな絵柄を表示するドラムが並ぶ派手な機械。

 原理は分からんが、電気無しでも動作するタイプらしい。


 これでいいかと思い、コインを入れてレバーを引く。

 九列のドラムが、それぞれ異なる速度で一斉に回り始めた。


 ほい、ぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちっとな。


 ──あ。


 横一列でピタリと揃う、南方言語でジャックポットを意味する単語が記された看板を抱える金色の猫の絵。

 しまった。止まって見えたもんだから、つい。


 ──え、ちょ、ま。


 唸りを上げ、大量のコインを吐き出し始めるマシン。

 五十、いや百ドゥラクマ分くらいあるんじゃないのかコレ。


 ──すいません、ちょっとここに。


「は? え、ちょっと、なに──」


 びっくりした俺は何を思ったのか近くを歩いてた女性客を自分の代わりに椅子へと座らせ、お腹を空かせてカジノを出ようとしていたハガネのところまで一目散に走った。

 ちょっぴり勿体なかった気もするが、今は別に金には困ってないし、ギャンブルで得た泡銭とかあんまり使う気にならないしで、五分後には記憶からも抜け落ちた。





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