第58話 六マス戻る






「行き先はピスケス領の端。バルゴ領との国境沿いにある村だ」


 俺が寝かされていた廃屋は、もう使われてこそいないものの、サダルメリクのスラム街に据えられた隠れ家のひとつ、との話。

 西方連合全域に亘って、殆どの町や村には、この手の拠点があるのだと。

 やはりジャッカルが推察した通り、暗殺ギルドは相当に大きな組織と見て間違いないみたいだ。


 しかし、バルゴ領。アクエリアス領とはピスケス領を挟んだ反対側。

 向かうとなると、国境近くまででも三週間以上かかるぞ。


「見事に逆方向へ来てくれたな。馬を駆るのも楽じゃないんだ、腰が痛くなる」


 乗馬は不得手なのか、苛立たしげにヒップラインを掌で撫ぜる『灰銀』。


 ……改めて考えたら凄い格好なんだよな、この女。

 ぴったり肌に吸い付く袖無しボディスーツ、丈が殆ど脚の付け根までのデニムショートパンツ。あとは小物類を除けば、申し訳程度にジャケットを羽織っただけ。

 ウチでもカルメンが後ろの空いた服を着てたけど、アレさえ地味に思えるレベル。

 尤も彼女の場合、その剥き出しな背中一面に翼の刺青タトゥーがあるため、煌びやかな容姿も合わせて総合点では良い勝負か。


 あ。そうだ。


 ――俺の馬、もう売っちまったんだが。


 翼で思い出した。新たな移動手段にピヨ丸を得たため、不要となった馬。

 町の厩舎に預けておけるとは言え、残す理由も無いので早々に売却したのだ。

 愛着湧く前で良かったわ。まだ名前すら付けてなかったし。


「関係無い。元より今回の移動に馬など使えるか。陸路でダラダラ進んでいたら、ワイバーンを擁するお前の仲間に追い付かれる」


 どうやら此方の内情も下調べ済みの様子。

 語調から察するに、ジャッカル達との鉢合わせは『灰銀』も避けたいらしい。


「あの桃髪の娘とは二度と会いたくない。私の追跡に最初から勘付いていたばかりか、危うく殺されかけた。辛うじてでも逃げ果せた自分を褒めてやりたいくらいだ」


 ハガネの奴、接触済みだったのか。言われてみればサダルメリクに着いて以降、何度か周囲に意識を配ってる節があったような。

 つか『灰銀』のこと知ってたんなら教えて欲しかった。そうしたら単独行動控えたのに。


 ……いや。それならそれで、この女も別の手段を選んだ筈。

 大体、常に誰かと行動し続けるなんて、どだい不可能な話。一人になる瞬間は必ず生じる。結局のところ同じことか。


 やもすれば怪物コンビはいいとしたって、ジャッカルやカルメンに危機が及んだ恐れも考えられる。

 そうなってたよりは、上手く俺だけ攫われた現状の方がずっとマシ。

 まさかハガネに『灰銀』を始末しろなんて、よしんば本人が提案しようと俺には口が裂けても頼めなかっただろうし。

 アイツの場合、本当に自分から言い出しそうで怖い。いくらなんでも物騒過ぎる。


 …………。

 さて。過ぎた話はひとまず置いといて、バルゴ領近辺までのルート選択。

 馬は使わないらしい。しかも『灰銀』の口振りを鑑みるに、もっと速い足にアテがあると見た。


 が、蒸気機関すら未だ実用化されてない文明レベルで馬を凌ぐ移動手段など、ごく限られる。

 加えて、ウチの埒外どもみたいに空が飛べる魔物を飼い慣らすなんてのは、極めて特殊な事例。およそ一般的とは言い難い。


 となると、だ。


に乗る。幸い今日が、ちょうど寄港日だしな」


 まあ、そうなるよね。





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