第59話 おーばーてくのろじー
飛空船ってのは、読んで字の如く空飛ぶ船。現存する旧時代の遺産でも最大級と呼べる代物だ。
動力は太陽光。一度に二千人以上の人間を乗せられる積載性と、半速程度の出力でも三日あれば西方連合十二ヶ国を一巡可能な機動性を併せ持つ。しかも、壊れたとしても機関部さえ無事なら勝手に直るらしい。
この世界に於いて、語るに及ばず最高の交通アクセス。発掘された当初は所在を巡って戦争になりかけたとか。
とまあジャッカル仕込みの薀蓄を並べてみたものの、アルレシャには港が無く、加えて俺達がサダルメリクに到着したのは前寄港日の翌日だったため、実際に飛空船を見るのは今日が初めてだ。
感想は、と言うと。
――確かに戦争も起きるな、コレは。
百聞は一見に如かず。外観だけで分かる。否応無く分かってしまう。
浮遊大陸どころか、地球のそれと比べてすら大きく上回るオーバーテクノロジーの結晶だと。
広い更地を利用した港には、乗客以外にも見物人が押し寄せていた。
お陰で動くのも一苦労。財布とかスられないよう注意。
「ご、ぼっ……!?」
――ちょっと『灰銀』さん!? なんで通りすがりのオッサンに膝蹴りくれちゃってんの!?
「尻に触られた。心底不愉快だった。股間を蹴り潰し、応報とした」
怖っ。こっちまで縮み上がるわ。
しかも顔色真っ青でうずくまったオッサン、今の話を聞いてた周りの女性達に踏まれまくってる。人間扱いされてねえ。
痴漢ダメ、絶対。
………………………………。
……………………。
…………。
――すいません。もう一回言って貰っていいですか?
「畏まりました。飛空船『ウエスト号』のアクエリアス領サダルメリクからバルゴ領ザヴィヤヴァまでの御利用料金は、三等客室の場合、お一人様で十銀貨となっております」
懇切丁寧に一言一句違わず繰り返す、乗船窓口の受付嬢さん。
聞き間違いじゃなかった。聞き間違いであって欲しかった。
あと、どうでもいいけど
さっき案内板で見た船内写真に写ってた、旧時代語で『ミシェーラ級嚮導駆逐艦ミシェーラ』って書かれたプレート、ガン無視ですか。いや、単純に読めないだけかもだが。
てか駆逐艦なのコレ。差し渡し三百メートル以上あるのに。
原子力空母並みのサイズ。にも拘らず、着港の瞬間を見る限り、駆動は飛行機やヘリコプターなんかより断然スムーズだった。航空力学以外の概念で飛んでるだろ、絶対。
真面目に動力はソーラーパワーだけ? どっかから未知のエネルギー引っ張ってきてるとかじゃなくて? 旧時代ヤバい。
そして比例させたかのように、お値段もヤバい。
たった三つか四つ港を渡るだけで十銀貨って。そうすると西方連合一周の旅は、三段ベッド詰め込みまくった居住性最悪の三等客室ですら一金貨くらいの計算になるんだが。
陸路で同じ距離を移動する際の時間や手間や危険を考えたら、妥当かも知れないけどさ。
――もっと安い部屋ってあります?
「大部屋の第五船倉でしたら、食事やシャワーが別料金で四銀貨となりますが……」
荷物扱いか。ほぼ掃き溜めだな、体とか壊しそう。
でも、どうせ少しの辛抱。半額以下で済むなら逃す手は無い。
「……待て。私をタコ部屋に押し込める気か?」
そこでいいです、と言うより少しだけ早く。不機嫌を露わとした『灰銀』が難癖をつけてきた。
勘弁しろよ。シャワー代なら出すから。
「つい先程、痴漢に尻を掴まれたばかりの私を。女を買う金も切り詰めて船に乗っただろう、欲求不満を溜め込んだ汗臭い男だらけの船倉に投げ入れるのか?」
言い方。俺をロクデナシの悪党に仕立て上げようとするのはヤメロ。
元を辿ればアンタの都合に付き合わされてんだぞ、こちとら。
「……あの。差し出がましいようですが、奥方様は勿論のこと……旦那様にも、できれば鍵付きの個室をお勧め致します」
奥方様でも旦那様でもないけど、なにゆえ。
理由を促すと、受付嬢さんは少々言い辛そうに続けた。
「船乗りは……いわゆる、同性愛者が多いので……容姿の整っておられる方は、特に危険が……」
何その偏見――貨物を運んでた如何にもオネエっぽいガチムチのオッサンに、ウインクと投げキッス飛ばされた。吐きそう。若しくは泣きそう。
受付嬢さんも気付いたらしく、同情的な眼差しを送ってくる。
「割安な二人用の二等客室に空きが御座います。どうか御一考を……」
プロの意見は聞いとくべきという結論に至った俺は、迷わず二等客室を取った。
価格は一人二十五銀貨のところ、二人部屋のペア割が利いて合計四十銀貨。纏まった金こそあれど、新たな収入を得るための手立てを持たない俺には痛い出費だが、身の安全を買えるなら安いもの。
でも。船に乗った後、ふと思った。
なんで俺が『灰銀』の分まで金払ったんだろう、と。
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