第91話 面倒な話
「なんか、男の人と会って食事をすることになっちゃいましたぁ……」
ジャッカルが意気軒昂とカルメンを連れ去って行った翌日。
朝食時の食堂で、昨夜以上に頭を抱えた様子の二人を見付けたため、我関せずとばかり山盛りフレンチトーストを貪るハガネの隣に腰掛け、理由を問うと、まさかの返答。
一体、何がどう転がって、そうなったんだ。
「話せば長くなる。五時間はかかる」
たった一夜の出来事を話すだけなのに?
リアルタイム完全再現でもする気かよ。
「故、分かりやすく紙芝居を作ってみた。始まり始まり」
さてはアンタ見せたかっただけだな、紙芝居。
昨晩から今朝にかけての短い間で、いつ作る暇があったのか。しかも無駄に凝ってる。
「『Hello everybody! My name is Carmen!』」
「私、英語は普段使わないんですけどぉ」
「『特技は顔芸! 良い子のみんな、仲良くしてね! わっふー!』」
「私、そんなこと言わないんですけどぉ」
割と似てる声真似。流暢なイントネーション。
が、お世辞にもキャラクターの特徴を捉えているとは言い難く、文字通り白い目で反論するカルメン。顔芸が特技と言われても仕方ないね。
当然の如くジャッカルは苦情になど取り合わず、粛々と物語を進めるばかりだったが。
「――哀れ、彼女は顔も名前も知らない男と二人きりで会わざるを得なくなってしまったのでした。めでたし、めでたし」
「全然めでたくないんですけどぉ」
「クハハハハッ。単なる締め括りの常套句だ、気にするな」
ふーむ。画風が二転三転したり合間合間に豆知識コーナーが挟まれてたり、なんともツッコミどころ満載な紙芝居ではあったものの、大体の経緯は理解できた次第。
「平たく言えば、金持ちのボンボンがステージで踊るカルメンに一目惚れ。お近づきになりたい、親密になりたい、あわよくば一発ヤりたい、手篭めにしたいという下半身が訴える衝動に突き動かされ、従僕を介する形で接触してきたワケだ」
うん、平たく言い過ぎ。カルメンが形容の難しい顔になってる。
「誘いを受けた時点で上手く断れれば良かったのだが……どうやら相手は、現ザヴィヤヴァ知事の次男だか三男らしくてな」
マジすか。そいつは困ったな。
単なる一都市の統治者というだけなら、突っぱねたところで然したる問題には及ばなかっただろう。最悪、街を出てしまえばそこまでだし。
けれども面倒な話、ザヴィヤヴァは
とどのつまり、カルメンに目をつけた輩の父親は、西方連合十二ヶ国に於いて最も大きな権力を擁した機関の席を埋める一人。
同じ知事でも、例えばサダルメリクのハヤック氏とは実際の地位も権限も影響力も、まるで違う。
なるほど厄介。頭を抱えていたのも納得の状況。
つか、五分足らずで終わる内容じゃねぇかよ。
「ちなみに、だ。カルメンの奴、ここ半年ほど特に交際中の相手は居ないとか。であれば不義理もあるまいし、いっそ丸く収めるべく一晩の相手くらい引き受けてやったらどうだと提案してみたところ」
「面識も無い方となんて流石に嫌ですよぉ。私にだって好みや選ぶ権利があります」
「と、尤もな返しを受けてな。無理強いはできん。実際オレも最後の彼氏と別れて暫く経つ、したがって誰と寝たところで憚る必要など無いが……」
小さな溜息と共に言葉尻を濁すジャッカル。立場的には大丈夫でも、心情的には抵抗あるって感じか。
まあ当然だわな。寧ろ二つ返事で了承とか、逆に問題。
…………。
尚、今し方に交わされた遣り取りの最中、俺は結構な労力を費やし、表情筋の固定に努めてた。
何せ、さぞ引く手数多だろうカルメンは逆に当然として、重篤な厨二病罹患者のジャッカルに元とは言え男が、しかも
なんともはや。きっと付き合い始めては散々苦労をかけ、半ば逃げられる形で別れてと、そんな感じのルーティンを繰り返し続けたに違いない。
同情する。勿論、相手の方々に。
「キョウ。何故、哀れむような眼差しを虚空に注いでいるんだ?」
さあ。
「…………あむ」
とぼけて他所を向くと、此方の会話に微塵の興味も示さず黙々と食べ続けるハガネ。
ゴーイングマイウェイガール。将来コイツと付き合う男は、やもするとジャッカルの元彼達より険しい茨道を往く羽目になりそう。
そもそも、この猛獣ロリを手懐けようと試みる物好き、もとい無謀なチャレンジャー、もとい勇者が現れるかどうかの問題か。
まあ、可能性は無きにしも非ず。差し当たり、顔は可愛いし。
――肩にソース垂れてるぞ。ほら、じっとしてろ。
「…………ん」
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