第90話 ダンスレボリューション
「大通りの酒場から、店の舞台で踊ってくれないかと依頼されましたぁ」
あの後、すっかり調子が良くなったためか、心持ち上機嫌のハガネに町を連れ回され、気付けば瞬く間、夕暮れ時。
女子中学生連れで夜歩きは風聞に響く。急ぎ宿へ戻れば、エントランスの談話スペースに陣取り、何やら神妙な様子で顔を突き合わせるジャッカルとカルメンの姿。
話を聞いてみたところ、返されたのが先述の台詞。
尚、ついでながらハガネの体調不良だけれど、およそ月に一度の頻度で生じる持病のようなものらしく、次もまた撫でて欲しいと頼まれた。
正直、俺より女性陣を当たるべき案件ではと思ったが、減るもんじゃなし、間を置かず快諾。
……頷いてしばらく、いつもの何を考えてるか不明瞭な真紅の双眸で、品定めするみたいに凝視されたのは気にしない方向。
だって、なんか怖かったし。例えるなら喉奥でグルグル唸る狼を前に立ち尽くす仔羊の気分だった。
よし忘れよう。俺、都合の悪いこと記憶の奥底に封じ込めるの得意よ。時々、自己主張するみたいに痛む首筋の歯型さえ残ってなきゃ、ダルモン関連の一切だって、とうにゴミ箱シュートできてたくらい得意。
話を戻そう。なんだっけ、カルメンに指名依頼?
普通に受ければいいと思う。たぶんストリートライブの投げ銭より良い額の金も入るだろうし。
「唯々諾々とは決めかねる」
そんな俺の内心とは対照的、腕組みしつつ険の寄った表情で告げるジャッカル。
別段、悪い申し入れじゃない筈だけど。なんか問題でも?
「依頼主の素性を軽く調べたところ、本人が名乗った通り、ザヴィヤヴァでも指折りの高級店を取り仕切る支配人だった。店自体も、大なり小なりマナーを心得た一定以上に裕福な人間が客層の大半を占め、有事の備えに複数人ガードマンが雇われており、治安良好。後ろ暗い商売に手を染めている気配も窺えなかった」
しかし、とジャッカルの口舌が続く。
「結局のところ酒場は酒場。あのドレス姿で酔った客の前に出すのは不安だ」
なるほど尤もな懸念。ただでさえ超絶美人のカルメンだし。
迂闊に手を出そうものなら、待っている運命は店ごと瞬間冷凍だろうけど。
サダルメリクでの被害経験が蘇る。うう、寒気が。
「専属で護衛をつけようにも、適役のシンゲンとピヨ丸は折悪く外出中。かと言って未成年者のキョウとハガネを夜の酒場に入れるのも憚られる」
同感。いくら西方連合の成人年齢が十五歳と言っても、やっぱり生まれ育った国を基準で考えちゃうよね、その辺。
ちなみにカルメンは十八歳だが、彼女の母国スペインでは成人扱いのため、ジャッカル的には問題ないという認識の模様。
――つか、そもそもカルメンはどうしたいのさ?
「せっかくなので、やってみたいですね。何事も経験、冒険心は大切ですよぉ」
「む……確かにそうだ、その通りだ!」
日々変動する琴線を刺激されたのか、急にジャッカルのテンションが振り切り、意見を翻した。
毎度毎度いきなり来やがる。周りの客は驚いてこっちを見たが、俺達は慣れっこなので気にも留めてない。
ごめんなさいね。彼女こういう人なんです。
「危険を恐れて尻込みなど唾棄すべき痴愚、ハングリー精神を失った家畜以下の蒙昧極まる戯言! ああ、オレが間違っていた! 先日キョウに同じことを説いたばかりであったにも拘らず、下らない保守的思考に染まりかけていた馬鹿な女を許してくれ!」
「ちょっと大袈裟ですねぇ……」
倒れ込み、跪き、はらはら頬を伝う涙と共に懺悔するジャッカル。
なんとも芝居がかった、しかし当の本人は至って真剣なオーバーアクション。
やがて彼女は勢い良く立ち上がると、困惑気味な表情を浮かばせたカルメンの手を取った。
「委細承知! どうせ君のステージはオレも同伴だ、二人で苦難を乗り越えようではないか! いざ往かん!」
「かなり大袈裟ですねぇ……あ、ちょ、引っ張られたら歩き辛いですってばぁぁぁぁぁぁぁぁ」
早速、件の酒場に向かうつもりなのか。善は急げとばかり肩で風を切って正面玄関を抜けるジャッカルと、半ば連れ去られる形で追随するカルメン。
慌しい限りだ。大体いつもだけど。
「…………? 話……終わった、の?」
俺の隣でアンロックキーの淡い明滅を眺めてたハガネが、どうでも良さそうに尋ねてくる。
いつにも増して静かだと思ったら、聞いてすらいなかったんかい。
「…………すやぁ」
寝るな。
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