第75話 色々ありましたが






 オッサンが所持してた旧時代の遺産数点と、ついでで一緒に置いてあった隠し金も残らず回収。

 滞りなく仕事を終え、深更のうち村を出た俺達は、ちょうど街道に出たあたりで朝陽を拝んでいた。


 ――ねみぃ。


 俺、徹夜ダメなんだよね。しかも散々吐いたせいで喉いがいがする。

 水飲みたい。でも飲んだら、また吐きそう。


「キョウ……『水銀』」


 はいはい、なんざんしょ。

 つか呼び方。もう戻すのかよ、せっかちめ。

 気持ち悪いし眠いしで、反論する気力も湧かないけど。


 ただし、俺はアンタを『灰銀』ではなくダルモンと呼び続けるがな。

 差し当たり、心の中では。


「お前が使った力……異能ゴスペルだな? 一体どこで、あれを……」


 ……すやぁ。

 はっ!? 寝てない、寝てないぞ。

 なんて、こいつはハガネの持ち芸か。パクリはよろしくない。


 で、今なんか言った?


「……いや……そんなことより、どうして私を殺さなかった?」


 ――はい?


「あの侵食効果エフェクトなら私くらい、いつでも始末できた筈。先刻とてオルトロス共々、という選択肢もあったろう」


 世にも恐ろしい話を、よくもまあ真顔で平然と仰られる。


 冗談じゃねぇ。あんなの人間相手に使えるかってんだ。

 身体の内側から溶けて、激痛なんてレベルを通り越した筆舌に尽くし難い苦しみに喘いで、もがきながら死ぬんだぞ。

 対象が悪意の塊も同然な魔物ですら吐くほど後味悪いのに。一生トラウマ抱える羽目になるわ。


 …………。

 まあ、仮に眠るような死を与える異能だったとしても、きっとダルモンには使わなかった。

 理由を問われれば、ひと通り平和と呼ぶに値する国で生まれ、良識ある両親と共に真っ当な家庭環境で育った俺に人なんか殺せないってのが、大きくひとつ。

 もうひとつは……うん。


 ――そりゃアンタ、おっかないし、悪党には違いないけどさ。実のところ、そう悪人じゃあ、なさそうだし。


 ひとまず今、胸に抱える忌憚なき意見。

 それを告げたら、ダルモンは怪訝な様子で目を細めた。


「……殺しを生業とする者に。一度は自分を殺そうとさえした女に向ける評価とは、思えんな」


 けど結局は殺さなかった。

 しかも、その一度だって相当不本意だったに違いない。今になって振り返ってみれば、よく分かる。


 覚えてるから。俺の心臓をナイフで突こうとしたダルモンの、眉間に皺を寄せた渋面を。


 ――取り敢えず、俺はアンタを死んだ方がマシな奴とは考えてないよ。暗殺ギルドに入れられた件とか今回の誘拐とか、文句は結構あるけど。


 第一、ダルモンの殺人は仕事だ。悪行には変わらないし、死後の地獄行きも確信してるが、人殺しだなんだと一方的に責め立てるのは、個人的に違う気がする。

 何より、彼女には矜恃がある。自らの流儀に則って掲げた掟を貫かんとする誇り高さがある。でなければ行きずりの俺を、わざわざ己の手元に置いてまで生かそうとはしない。

 善悪に拘らず、そういう人間はカッコ良く見えるので好きだ。意見とか言い分とか全部その場その場の雰囲気に合わせる、コウモリ気質な俺とは大違い。


「……なんだ、それ……変な奴」


 此方が言葉を締め括った後、暫くダルモンは黙りこくっていたけれど。やがて呆れた風に呟く。

 そして唇に指を添え、ほんの小さくだが、笑った。


 …………。

 常の表情から、あまり生気を窺えない所為、だろうか。

 初めて見た気がする。コイツの、ちゃんとした笑顔。





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