第110話 突入
十字山脈の麓に生い茂る樹海、慚愧の森。山と平地との、真なる意味での境界線。
その未だ遠い入り口は、ジャッカルから聞き及んだ仄暗い話による先入観も手伝ってか、薄気味悪い、澱んだ空気で満ちていた。
視力の良さが恨めしい。
「これよりは什伍に分かれての行動となる! 総員、手筈通りに! 武運を祈る!」
左様で。考えてみたら俺、予定とか段取りとか全然確認してないわ。元々、同行する腹積もりなんて皆無だったワケだし。
でも散開は当たり前か。こんな深そうな森、この人数で固まって動くとか無理。
「…………面倒、ね。いっそ、燃やせばいい、のに」
怖っ。ハガネさん怖い、発想が怖い。
「あまり利口とは言えんぞ。ここは一種の防波堤、縄張りを追われた魔物達の一時的な受け皿。失えば平地に溢れる魔物の数は爆発的に増えるだろう。あの長大な防壁ですら、抑えきれんほどにな」
「…………くふっ。冗談、よ」
殺戮を前に気が昂ぶってるのか、サーベルの鍔を指先で何度も弾きながら、ジャッカルへと返すハガネ。
そんな獣じみた佇まいに、思わず一歩離れる。怖過ぎ。
「よっしゃあぁぁぁぁっ! 俺様はやるぜ、俺様はやるぜ、俺様はやるぜえっ!」
天高く拳を突き上げ、吠え立て、己を鼓舞するシンゲン。
いつもなら悪目立ち甚だしい行為だが、今に限って言えば問題無い。
「勝つ、勝つぞっ! 勝つんだ! 僕の物語を始めるために!」
「征伐が終わったらメイフェンちゃんに告白する、征伐が終わったらメイフェンちゃんに告白する、征伐が終わったらメイフェンちゃんに告白する――」
「必ずなる、功績を挙げて上級傭兵に……俺をパーティから追放したアイツ等を、見返してやる……!!」
だって同じような奴、そこかしこに居るし。
人に歴史あり。皆さん、それぞれの思惑を抱えておられる御様子。
「らん、らららん、ららららっ♪ 久し振りの森林浴、ですねぇ」
なので寧ろシンゲンよりも、鼻歌交じりに流麗なステップを踏むカルメンの方が視線を惹いてる。
乗り込む先は魔物の巣窟だと言うのに、森林浴扱い。実は凄まじく肝が据わってるよね、お嬢様。
俺なんか今にも泣きそう。若しくは吐きそう。
「お、おいアンタら。早く自分とこに合流しないと、どやされるぜ」
「進言痛み入る。さて、そう言えばオレ達の振り分けは、と」
…………。
落ち着け俺。大丈夫、心配するな。
「名簿名簿……ああ、あった。ま、募集期間外の飛び入りだ。末尾あたりに同じ括りで纏めてある筈」
こういう時のための腰巾着だ。シンゲンとハガネ同伴なら荒事は安泰、違うか?
カルメンにも強力な異能がある。ジャッカルだって何か物騒極まる図面を引いたり、影でコソコソ工作とかしてたし、備えは万全の筈。
「……ん? んん?」
俺は一人じゃない。頼もしい、頼もし過ぎて引く、四人の仲間がついてる。
とどのつまり、無敵モード! ひゃっほう!
「おーい諸君。聞いてくれ」
……必死に自分を慰め、励ます最中、ふとジャッカルが俺達を呼び集めた。
何やら神妙な顔の彼女は、手に持った紙束を尻目、ひとつ嘆息し、告げる。
「今、確認したところ。どうやらオレ達全員、別行動らしい」
嘘だろ先生。
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