第109話 武器は装備しても使いたくないぞ
「森が見えてきたぞ!」
ナシラ出発より三日目の朝。
都合二度ほど魔物との小競り合いを挟んだ行軍の末、誰かがそう叫んだ。
「ほう、あれが『慚愧の森』か。十字山脈に防壁を張り巡らせる以前は自殺の名所だったらしいぞ?」
ジャッカルさん、嫌なこと言わないで。
こちとら、ただでさえテンション爆下がりなのに。
「その所為で森の魔物が人間の味を覚えてしまい、近隣諸国は一時期手を焼いたそうだ。そもそも防壁が建造されるに至った遠因とも――痛い!」
「…………うる、さい」
と。油でも塗ったかの如く饒舌なジャッカルの脛を蹴り飛ばすハガネ。
珍しい。彼女、凶暴なりに分別は弁えてるため、明確な敵意や害意を示さない限り、案外手出しは控える方なんだが。
まあ単純に周囲への関心が薄いだけ、とも受け取れるけど。いざやる時は凄絶だし。怖過ぎ。
「…………キョウが……嫌がってる、わ」
「む……そいつは失敬。配慮が足りなかったな、すまん」
眉根を寄せ、低頭するジャッカル。
蹴った後、ハガネが何言ったかは声小さくて聞こえなかったものの、いいよ別に。
第一、アンタの配慮は斜め上な場合が大半ゆえ、寧ろ好き勝手やってくれた方が矛先を避けやすい分、幾らかマシ。
「よし! お詫びにひとつプレゼントだ!」
要らない。どうせロクなものに非ず。気遣い無用。
そう固辞できるほど自己主張の強い人間だったらと、時々夢想する。
波打つ空間の歪みから落ちた、ジャッカル曰くのプレゼント。
差し出されるまま、内心渋々受け取る。嫌だなー。
――手袋?
鞣し革の生地に金属製のナックルガードが備わった、如何にも厨二病が好みそうなデザインの黒いオープンフィンガーグローブ。
正直、俺の趣味には沿わぬけれど、善意十割の眼差しで此方を見つめるジャッカルの手前、取り敢えず嵌めてみる。
形も大きさも、ぴったり拳に合うジャストサイズ。
寸法を測られた記憶、無いんですが。
「クハハハハッ! 君を暗殺ギルドの女郎より連れ戻した後、何かしら身を守る武器が必要と考え、用意していたのだ! 設計はオレ、魔物関連の素材集めはシンゲンとハガネ、製造はカルメンだぞ!」
武器。オサレ系ファッションアイテムかと思いきや、
言われてみれば、ナックルガードもバイク用などと異なり、尖ってる。
――え? これで人とか殴れってこと?
無理無理無理無理。すごく痛そうだもの。
ちょっと殺傷性が高過ぎます、先生。持ち物検査とかされたら、お巡りさん呼ばれるレベルだってば。
「案ずるな! そら試運転だ! 騙されたと思って、そこの岩を一発!」
ぶんぶん首を振るも、ひとまず試せと、手近な岩を指差すジャッカル。
……待てよ。魔物由来の武器防具は加工次第で時折、旧時代の遺産や
もしや、外見に反し意外と安全な道具なのではなかろうか。例えば、殴ってもダメージを与えず意識だけ刈り取る、みたいな。
半信半疑、俺は己より少しだけ背丈の低い岩にジャブを打ち込む。
果たして我が予想は、半分アタリで――半分ハズレだった。
「命名『
「熱や衝撃に強い魔物の革を使ったので、両手が痛む心配もありませんよぉ」
「いや。粉砕爆砕はいいが、なんで喝采?」
ジャッカル、カルメン、シンゲンの話し声。
酷い耳鳴りで、やけに遠く聞こえる。紡ぐ言葉の意味も、全く頭に入ってこない。
眼前の光景を、ただ唖然と眺める。
ノーダメージどころか、破片となって吹き飛んだ岩。一気に見晴らしの開けた視界。
突き出した拳を引き戻すことも忘れ、茫然自失。延長線上に誰も居なくてマジ助かった。
やがて心身の硬直が解けてからも、何事かと騒ぐ周囲など構っていられず、立ち尽くす。
少しずつ事態を飲み込み、その元凶たるグローブの嵌まった手を凝視する。
ふとジャッカルが、後ろから肩に腕を回してきた。
自然、背中で押し潰れる柔らかな感触。甘い香水の匂い。
「気に入ったか?」
…………。
アンタ馬鹿ですか? 護身の範疇、ビル一棟分くらい飛び越えてんだろ。
使えるかっての、こんな危険物。
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