第108話 接敵






 征伐隊の傭兵枠は、募集元が傭兵ギルドというだけで、実は審査にさえ通れば誰でも参加は可能らしい。

 とは言え、死地へのピクニックを自ら志願する物好きなど圧倒的に少数派ゆえ、この事実を知らない人間も多いとか。


 ――死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、死ぬ、生きる……死ぬ。


 期せず、そんな物好きの一人となってしまった俺氏。自らの命運を花占い中。

 現在、七回連続で死と出たところ。泣きそう。


「なージャッカルよぉ。まだ着かねーのか?」

「慌てるなシンゲン。防壁は十字山脈から数十キロ離れた地点に築かれている。徒歩なら二日はかかるさ」


 帰りたい。なんで素直に着いて来ちゃったかな、俺の馬鹿。

 けど既に出発より半日。門など、とっくに閉じられてしまっただろう。俺一人だけ戻ったところで、開けてくれるかどうか。

 そも通行許可証持ってるの、ジャッカルだし。


「マカロン美味しい♪ ハガネちゃんも食べますかぁ?」

「…………ケチャップ、は?」

「え、ありませんけどぉ……」


 マカロンにケチャップかけようとすんなハガネ。

 ホントどういう味覚してんの、お前。






 正味、処刑台までの十三階段を踏み締めるかの心地だった行軍。疲れた。

 日が落ち、夜営の号令が出され、各々支度を始める中、適当に寛ぐ俺達。

 や。だってウチの場合、キャンピングトレーラー出すだけだし。


「さて諸君、夕食はどうする? 昼に支給糧食エサは、お世辞にも――ん?」


 出前チラシを捲るジャッカル。

 その口舌が、尻切れトンボに遮られた。


 上空を飛んでいたピヨ丸の甲高い鳴き声。

 短く三回、長く二回。繰り返されるそれは、異常発生を報せる合図。


 そして。


「しゅ、襲撃だぁーっ!!」


 切迫した叫び声と、剣戟の音が。陣内に響き渡った。






 ゴブリン。

 こう呼ばれる存在に、普通は如何なイメージを抱くだろう。


 人間の子供ほどの体躯と身体能力?

 大人なら労せず追い払える程度の弱い魔物?

 悪賢く、繁殖力が異常に強く、徒党を組めば厄介な連中?

 RPG序盤の、経験値にもならない雑魚?


 まあ、こんなところか。

 少なくとも、俺は大体そう思ってた。


 ざっと五秒くらい前までは。


 ――何、コイツら。


 不意打ちで数名の怪我人こそ出たものの、どうにか死者なく撃退、或いは討伐されたゴブリン七匹。

 交戦の後、燃やすべく積み上げた亡骸を目の当たりとした俺は、自分の顔が盛大に引き攣るのを感じていた。


 ――これが、ゴブリン?


 人間の子供どころか、優に二メートル近い身長。

 取り押さえるには警官が五人十人と必要そうな、ボクサーやレスラーを想起する筋骨隆々の肉体。

 大きな目玉、耳元まで裂けた口、鋭利な牙。鬼の如き面貌。

 捻れた剣で武装し、粗末ながら鎧まで纏った姿。


 ――これが、魔物の中じゃあ下から数えて何番目?


 RPG序盤の雑魚? まさか、とんでもない。

 どう見ても狩る側、食物連鎖の上位捕食者。

 徒党どころか単体でも十分な脅威に能う、畏怖すべき戦士だ。


 ――浮遊大陸のゴブリンって、こんなマッシブなの……?


 今すぐダッシュで帰りたい。





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