第79話 囁き、詠唱、祈り、念じろ






「ふむ。つまり、その『灰銀』某の作る料理が舌に馴染み過ぎたあまり、他の何を食べても不味く感じるようになった、と?」


 脚を組んで腰掛けたジャッカルの問いに頷いて返す。

 すると彼女、ピヨ丸にジャーキーを食わせていた手を止め、なんとも痛ましい表情かおで俺を見た。


「……あまりに惨い話じゃないか……!」


 何この想像の斜め上を突き抜けた反応。


「道理で近頃、食が進んでいるように見えなかったワケだ……胃袋を掴まれるなど、さぞ辛かったろう……」

「全くだ! 卑劣極まる暗殺者め、残酷な真似を! やり方が汚いにも限度ってもんがあるぞ!」


 ダルモンにそういう意図があったとは考えにくい。

 回りくど過ぎる。麻薬でも盛る方が百倍早いわ。


 内心で引き気味な俺を他所、濡れた目元を拭うジャッカルと、テーブルに拳を叩き付けて憤慨するシンゲン。

 相談しといてアレだが、そこまで義憤に駆られるような案件?


「…………すやぁ」


 ほら、ハガネとか寝てるし。温度差。

 こっちが普通だよな。今カルメン居ないけど、彼女だってハガネ寄りの意見な筈。たぶん。

 あの多国籍血統スパニッシュ、天然ボケだからズレた言動多くて判断し辛いのよ。


 ――つか、カルメンどこ?


「グスッ……ああ、彼女なら今朝方、十日ほど里帰りに発った。君が無事に見付かって憂いも消えたことだし、実家まで取りに行きたい物があったとかどうとか」


 へえ里帰り。確かに、こっち来てから結構経つもんな。

 俺も一度、オヤジとオフクロに顔を見せに帰るべきかね。


 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 ――里帰り!?






 ジャッカル曰く、スマホへと追加されていたアプリのひとつに、地球と浮遊大陸とを繋ぐ門を作成するものがあったとか。

 しかも、辿り着く先は各自が異世界に飛ばされたコンマ数秒後。場所も全く同じらしい。

 あー良かった。どうやら捜索願は出されず済みそう。お帰り、我が名誉。


「戻る際は予めの時間指定で再び門が開く。向こうで過ごす分には、此方でも同じだけ時間が流れる。ただ不便な話、その間ずっとスマホはアプリ起動状態でな。解析アプリと同様やたらマシンパワーを食うんで、誰かが帰ってる時は他の機能が使えない。行き来をするなら、できれば短期に控えて貰えると助かる」


 加えて、両世界の移動は一往復につき一人のみ。

 また、宅配ピザやネットスーパーの配送サービスなども、このアプリが連動した仕掛けだったとの話。


 なんともはや。自由自在とまでは行かないにしろ、こんな芸当すら可能とするなど恐れ入る。

 今まで披露された諸々と合わせ、いよいよ以てオーパーツじみた機能。ただのスマホとは、とても信じ難い。


 ……いや。実際ジャッカルに宿った異能『ウィザード』が、以前カルメンの言っていた断片的な発動――表出フェイスに近い形で、スマホを媒体に顕れているのだろう。

 全く便利で羨ましい限り。いっそ俺のハズレと交換しちゃくれないもんか。






「兎にも角にも、由々しき事態だ」


 眠そうなハガネが『きんきゅーかいぎ』とホワイトボードに書き記す中、厳然と告げるジャッカル。


「事は一刻を争う。キョウの肉体と精神とが擦り切れてしまう前に、解決の手立てを得なければ」


 大袈裟。地味に辛い現状を過ごしてるのは確かだけど。

 でも、ついさっき自分も冗談混じりにとは言え、割と似た感じのモノローグやってたかと思うと、かなり恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「しかし、折悪くカルメンの帰省が重なった。ごっそり十日、スマホには頼れん」


 即ちカルメンが戻るまで、食べ慣れた日本食を取り寄せての味覚矯正は叶わず。

 延いては東の出身者だろうダルモンに出されていた食事が、東方のいずれの国を由来とするものなのか、ウィキで調べることすら不可能。


 ……まあ、大陸中央部を隔てる十字山脈によって東西と南北とが分断された地理上、西方連合と東方七国との間に直接の国交は殆ど無い。

 必然的に文化交流も薄く、東方料理など、この流通の坩堝たるザヴィヤヴァであっても食べられないため、分かったところで無意味だが。


 そんな交々を身振り手振り添えて説明した後、なので、と一拍挟んだジャッカル。

 不敵に笑んだ彼女の立ち姿に、何故か悪寒が背筋を伝う。


 そして。


「オレの! いや、オレ達の手で! キョウの口に合う食事を拵えよう! 期待に胸を膨らませて待つがいい、クハハハハッ!」


 …………。

 俺が何をしたって言うんだ。





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