第100話 ゴリ押し
「おいおいおいおい。話の途中で相手を取り上げるとは、どういう躾を受けて育ったんだ?」
「そいつは謝る。ただ、こっちにも立場があってな」
今し方の受付嬢さんよりも更に二歩ほど詰めた間合いでジャッカルと相対する傭兵のオッサン。
あの距離で、あのガタイと強面に睨まれたら、気の弱い奴は腰抜かすだろう。
「取り敢えず自己紹介だ。俺はランパード・カマセーヌ」
「知らん。聞いたこともない」
酷い。曲がりなりにも一廉の空気漂わせて登場した相手だぞ、バッサリ『知らん』はねーだろ。向こうさんの面目も少しは慮ってやったらどうなのさ。
や。実際、俺も寡聞にして存じ上げないけど。誰?
「……そうかい。一応ここの支部じゃ古株で、だからか知らんが揉め事の対処なんかも任されちまってる。話なら俺が聞くぜ」
「クハハハハッ! 要は下っ端の小間使いか! 生憎、十把一絡げの雑草に名乗る趣味も、雑草を名で呼ぶ趣味も、雑草とオハナシする趣味も無い! 去ね!」
雑草て。飛ばす飛ばす、初対面の相手にケンカ売りまくり。
誰がどう見ても、完璧こっちがヒールですわ。
「アイツ死んだな……」
「ああ。ランパードさんに食ってかかるなんざ、無知は恐ろしいぜ」
ひそひそと聞こえてくるテンプレートな会話。
やはり傭兵ギルド全体でも五分に満たぬ銀字だけあって、この辺では有名人な模様。
とどのつまり、
「……随分上等な服を着てやがるな。大方ボンボンの道楽、物見遊山気分の類か。怪我する前にパパのとこ帰りな、征伐は甘ったれたガキの遊び場じゃねぇ」
「ほう? 君のような、安楽椅子を愛用する頃合に差し掛かった御老体でも参加できるのにか? 塩梅が曖昧だな」
煽る煽る。よくもこう立て板に水で、つらつらと煽り文句が並べられるもんだ。
しかも喋り方とかモーションとか声のトーンとか、全てが絶妙に腹立たしい。流石、舞台役者。
ジャッカルと傭兵のオッサン――ランパード氏の応酬は暫し続いた。
されど先も喩えた通り、詐術めいた口八丁手八丁たるジャッカル相手の論争は、まさしく暖簾に腕押し。
交わす言葉の数だけ眉間の皺を深めたランパード氏は、とうとう業を煮やし、手近な椅子を蹴り飛ばした。
怖っ。物に当たるなよ、壊れちゃったじゃん。
「チッ……どうやら言っても分からんらしい。おぼっちゃんの世間知らずも突き詰めると天晴なもんだ」
「君こそ大層な口を利く割、目玉は節穴と見える。誰が
性別云々の言及されると俺やシンゲンにまで飛び火するから勘弁。肩身狭い。
あ。でも、夏本番到来にも拘らず頑なにコート装備したままの代わり、インナーシャツを脱いでる所為で透けブラ状態の今なら、流石に女だと気付いてたわ。
今日は赤か。
「表に出な。その伸び上がった鼻っ柱、へし折ってやるよ」
「ほほう、結局は暴力か野蛮な猿め。文明人たるオレには理解し難いね」
あたかも気乗りしないとばかり、かぶりを振るジャッカル。
白々しい。寧ろ、こうなるのを待ってたろうに。
……見知らぬ顔が集団内に押し入って横柄な言動を重ねれば、普段そこで幅を利かせている人間は当然面白く思わない。
加え、傭兵とは実力第一の職種。必定、組織内での立ち位置、求心力は、凡そが強さや功績と比例する。
早い話、ギルドの窓口でゴネれば大物ぶった自信満々の手練れが仲裁に首を突っ込んでくる可能性大。
そいつをパフォーマンス用の咬ませ犬として返り討ちにすれば、良かれ悪しかれ上役も俺達を放ってはおけない、と。
しかも此度の場合、煽りまくったジャッカルにも非はあれど、先にゴングを鳴らしたのは向こう側。こっちに咎を着せ辛い。
そも傭兵同士の喧嘩なんて、よっぽどの刃傷沙汰や一般人に被害が及ばぬ限り、いちいち国もギルドも取り締まったりしない。自己責任、自業自得だ。
…………。
こんな感じでジャッカルの算段を纏めてみたが……ちょいと強引じゃね?
彼女の智慧を以てすれば、征伐隊参加の是非を決められる程度の権限を持ってる相手への面通しくらい、もっと穏便に叶える手立てなど、いくらでもあった筈。
スペクタクルジャンキーの愉快犯め。物怖じだけに飽き足らず、自重まで母親の胎に忘れてきたか。うん知ってる。
……ま、いいけど。どうぞどうぞ、好きにやっちゃって。
ジャッカルの奇行なんて今更過ぎる話だし。大体、あとはシンゲンなりハガネなりが、あのオッサンを秒殺して一段落だろ。
欠伸ひとつ零し、首を掻く。
歯型に触っちゃったよ。痛い。いつ治んのこれ、マジ許すまじダルモン。
「クハハハハッ」
我関せず。殆ど見物人を決め込んでいたところ、何やらジャッカルが俺の肩に手を置いた。
視線を返す。すると彼女は不敵に微笑みながら、告げる。
そう。思わず耳を疑うような宣言を。
「ではキョウ、頼んだぞ。毎度毎度、怪物コンビに任せるのもマンネリだしな。ああ、ハガネはこっちで預かろう」
――は?
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